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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二部 第四十三章 両翼の騒乱 【5】

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 記憶がない。妙だ。
 ここ数日、自分はどうしていたのだろう。
 いや、厳密に言えば「記憶がない」わけではない。しかし妙なことに変わりはない。箔座松太郎は、自身の頭の中が半ばホワイトアウトしたように感じていた。
 いつもの講義室で講義をし……そう、例えば昨日の午後は教育課程を履修している学生達を相手に、認知心理学の講義をしていた。昨夜は日本橋まで総武線で戻り、そこから駅近くのドトールに行き、ミラノサンドにコーヒーを口にしていた。そこで読み掛けの小説を開き……ああ、覚えている。知っている者が見ると、自分が読むものとしては妙に思われるに違いない、西村寿行氏の作品である。性と暴力の満ちたバイオレンスものだが、その疾走感溢れるストーリー展開は、他の作家の真似しようのない、なんとも心地良いものがある。心を踊らされるのだ。そうとも、自分は決して寡黙な人物ではない。そんな一面もあったりするのだ。だが、どうにも「好々爺」タイプになりそうだと思われがちだったりする。
 マンションに戻り、バスタブにお湯を張っている間は、着信メールの確認もしていた。箔座は三LDKのマンションに一人住まいをしている。妻は世田谷の有料老人ホームに入っており、来週の日曜日に面会に行く予定をしている。毎週日曜日はよほどの用でもない限り、赴くようにしている。妻の好物の銀座文明堂のカステラを持参してだ。それとトワイニングのアールグレイのティーバッグ。妻は殊の外その組み合わせが大好きで、アルツハイマー型認知症を患ってはいても、その時に見せる笑顔は、元気な頃のそれと何ら変わりはない。何の屈託もない、天使のような愛らしい笑顔を見ると、それだけで箔座の心は癒しと力で満たされてくる。
 クリーニングの仕上がったカーキ色のジャケットを明日着ていこうと、ナイロンカバーを外し、リビングに下げてから床に入ったことも覚えている。そして翌朝、つまりは今朝だ。今朝はアジの干物を焼いて軽い朝食を済ませ、ベランダにあるローズマリーのプランターに水をやり、魔法瓶になった小さめの水筒にコーヒーを注ぎ入れ……今朝はトラジャ豆を使ったブレンドにしてみた。そしていつものごった返す総武線で出勤……
 だが妙なのだ。それら全ての行動を自分の意志で行っていると言う自覚がない。記憶はしっかりしているものの、いや、本当にしっかりしているのか怪しい。何をやったかはそれなりに覚えているが、それに自身が直接関与していると言う感覚が欠落している。まるでテレビか映画で流れる連続したシーンを傍観しているかのような感じなのだ。それも何の関心も持たず、ただぼうっと眺めているだけのような感覚。
 いや、それだけではない。明らかに何らかの「違和感」をも併せ感じていた。自分の内に他者の意志が入り込んだような、それも土足で無断にずかずかと入り込まれた感覚。何故「他者の意志」と言う、自分の意識から乖離したような妙な感覚を覚えているのか。それは自分の望まぬ事、特に関心もない物事に対して、執拗に、飢える者が食料を貪るように追い求める欲求があったからだ。自分の潜在意識が求めていたものかと自問してみると、明確に「否」と言う答えが返ってくる。潜在意識が何を求め、何について考えているかなど、有意識下において人が分かり得ようもないのだが、それでも明らかな「否」の答えが浮かんでくる。
 そうだ。その感覚は丸山七海を求めていた。七海は自分が受け持つ講義の受講生であり、ゼミも担当しており、人懐こく自分に接してきたから……いや、あくまでも一学生として可愛がっている感覚はあったが、決して彼女を「追い求める」ものとは異なっていた。それが何故、七海をああも「求めていた」のか? 恋心? まさか。それではない。断じて違う。彼女の持つ何かを求めていたからだ。その何かについて知りたかったから、「情報を求めていた」からだ。
 情報? 何の情報を?
 自身の研究室でそんなことを考えつつ、持参してきたコーヒーを口に運び、窓の外を見ていたら、ふと思い当たるものと意識とが衝突した。
 そうだ。あの強烈な好奇心にも似た感覚は、あの「他者の意志」の感覚は悪意に満ちたものだった。その意思を通じて、箔座の意志も連れ立って共に七海の心の内に入り、そして見たのだ。七海が気にしている少年、須藤啓吾。しかしその意志は啓吾を求めていたのではなかった。その父親、須藤一樹。その父の心の内に「よどむ闇」が何なのかを「他者の意志」は突き止め、掘り起こしたがっていた。
 そして掘り当てた。
 あの「他者の意志」はそれが目的で、自分を通じて七海に異質な接触をしていた。
 何てことだ。
 その時、研究室の扉がノックされる音を聞いた。返事をすると扉が勢い良く開き、七海と同じゼミを受講している学生が三人飛び込んできた。
「何なんですか、慌ただしい」
「せ、先生……ここにいた!」
 学生の一人が驚いたような声で言う。
「私はずっとここにいましたが、何か?」
「先生、テレビ見てないでしょう?」
「テレビ? この部屋にはそんなものは置いていませんからね」
「じゃあ、今すぐカフェテリアに行って見てきて! 先生が映ってるから! 生中継で!」
 その学生が何を言っているのか、箔座には全く見当が付かなかった。
「何を言ってるんです?」
「早く!」
 そう言う学生に腕を強引に引っ張られ、箔座は急かされつつカフェテリアに赴いた。
 カフェテリアには大型の液晶テレビが壁に掛けられており、そこに十数人の学生がたむろしていた。
「ほら!」
 箔座の腕を掴んでいた学生はその手を放し、同じ手でテレビの画面を指さす。
 そこに映っていたものは……
 箔座は愕然とした。

   ※ ※ ※ ※ ※

「貴様の目的は何だ! これもセンチュリオンの望むことなのか!」
 トルソは剣を構えて吼える。
「センチュリオンの? いいえ、まさか」
 箔座の姿をした異物はにやりと笑って答えた。
「私は、まあ、確かにセンチュリオンのやり方については、正直歯痒く思っていますし、そうですね……業を煮やしていると言ってもいいでしょうか」
 異物は空中で両腕を組んだ。
「ですが、そうかと言って、私はこの地上で騒ぎを起こしている愚連隊に興味はありません」
「愚連隊?」
「ええ。私達も一枚岩じゃないってことです。中にはセンチュリオンの生ぬるいやり方を快く思っていない者達がいましてね。彼等は地上で『功績』を上げようとしているのです。地上を恐怖で席巻しようとしています。その恐怖や絶望、怒り、恨みと言った心は、確かに私達にとっては『糧』になりますから」
 異物は滔々と語る。
「ですが、大神タナトスを覚醒させるには、擦れた大人の心では駄目なのです。純粋で、理不尽で、不条理で、激しく強力な子供の怒りや哀しみと言ったもののほうが向いているのでね。それを理解しない連中は……無様です」
 トルソは変わらず異物を睨み続ける。異物は尚も語る。
「あまりにも無様なので、こうして少しばかり力を貸してさしあげたのです。この騒ぎは私の本意ではありません」
「貴様……何を言っている?」
 異物の「表情」から笑みが消えた。箔座の顔を借りての表情は、何の感情も表立っていない、無表情なものへと変わっていた。
「私達の戦力は未だ不十分です」
 トルソの剣の柄を握る手に汗が滲む。
「あの少年……『寂寥』が勝手に連れ込んだあの少年の力があちらで強大なものとなる理由を知っていますか?」
「何?」
「この世で生ける人間がそのままあちらへ行けば、その力が強大化する……何もあの少年一人に限ったことではないのです。あちら、即ち貴方のいる世界では、この世界よりも、『自分の来世はまた来る』、『死ねばまたやり直せる』と思う方々が、こちらよりもその数が多いんですよ。でしょうねえ。貴方がたが中途転生者と呼ぶ者の数が増えていることがその理由です。そんな貴方も中途転生者のようですが? まあ、それは良いとして、前世の記憶を残したまま次の人生を生きている者が増えれば、そうもなりましょう」
 異物は右手の第二指を立て、トルソに質問を投げ掛けた。
「では何故、中途転生者の数が増えているのだと思います?」
 トルソは何も言わずに、異物を睨み続けている。
「怖い目をされている……この世界では自らの意志で命を絶つ者が増えているのです。それがその増大の理由です。厭世観を持つ者が来世に増え、諦めと居直りに近い感覚を持つ者が増え、暗き考えや思いに支配され、生きようとする意志、力を失う……その負の力は、互いに輪廻する繋がりを持つこの世に再び波及し、更にこの世界での自殺者が増える……そんな負の連鎖が出来ているのです。その中で今も諦めずに生きようとする、希望を持ち続けようとする、そんなこの世界の者の力は、貴方がたの世界において、更に強大化する……」
 異物はその目を細めた。
「あの少年の存在は今はまだ、私達にとっては脅威であり、逆に取り込むことが出来れば、私達の戦力はかなり増大するのは間違いありません。そのためにも、その障害となるあの父親を、早々に潰す必要があります」
「カズキの……カズキのことを言っているのか!」
「収穫はありました」
「させぬ!」
 トルソは数歩助走を付け、一気に跳躍し、異物にその手を伸ばした。
 異物はにたりと笑うと、その体を四散させた。
「な……!」
 あの異物はこの世界の者に憑り付き、その肉体を支配していた筈……ならば、あれはその肉体を抜け、その外見だけを憑代に似せた「本体」だと言うことか……トルソは悟った。
 異物は再び一つに結集した。しかし今度は箔座の姿をしていない。まるで黒一色の法衣に身を包んだ僧侶に見える。
「……センチュリオンのやり方に反目する過激派、愚連隊もいずれは殲滅されるでしょう。光の、陽の力に対抗し得るだけの力をまだ持ち合わせていませんから。とは言いましても、放っておけば貴方がた……いや、この世界にそれなりの被害は及ぶでしょう。ですが、私達にとって、一つの都市、一つの国家を潰したところで、何の意味も成しませんから」
「……貴様!」
「センチュリオンの『正統なる』配下である者達も同様にこの世界に下りてきています。そして、子供達の純粋な闇を頂戴しています」
「この世界で心を失くした子供の数が増えていると言うのは……やはり貴様達の仕業か!」
「私はそれを眺めさせて戴きつつ……あの少年の父親を叩かせて貰うとしましょう」
「そうやって貴様は上から目線で物を言い、高みの見物を決め込むと言うのか!」
「私は何事もエレガントに進めたいだけですよ」
 その時、トルソの目の前に一つの人影が飛び込んできた。モイール・ドニゴールと言う女であった異物、「抑圧」に弾き飛ばされたパラディン・アウグストだ。
「さて、私は……私的には収穫を得ることが出来ましたので、もうこの世界に用はありません」
「収穫? 何の収穫だ!」
「あの父親……スドウカズキなる者の心を、地に叩き落とすための収穫ですよ。その者の『心の闇』です」
 漆黒の僧侶の姿をした異物はそう言い、更に上へと舞い上がっていった。
「貴様!」
 あの異物を逃してはならない。トルソは瞬時にそう思い、剣を構えて再び跳躍したが、横から衝撃を受けて脇に飛ばされた。トルソの巨体は近くの店舗の窓ガラスを突き破り、その中へと転がり落ちた。
「お前も私が相手をしてやる!」
 そう叫んだのは「抑圧」だった。
「手合せでも少し如何かと思いましたが、その者が貴方がたの相手をしてくれるでしょう」
 黒き「僧侶」はそのまま上へと舞い上がっていく。最早トルソ達の手は届かない。
「お教えしましょう。私はあの父親の『心の闇』と関連した名を冠しています」
 トルソはガラスで傷付いた体を起こし、再び通りに出ると剣を構え直した。
「私の名は……」

「箔座教授! 本当に教授なんですか?」
 携帯電話を持つ七海の声が上ずる。
「ああ、私です! 間違いありません! 私ですよ、丸山君……」
「教授、今何処に……」
「今は大学です。貴女に……貴女に話さなければいけないことがあります」
「え?」
「私も何が何だか分からないのですが……」
「教授、大丈夫なんですか? 教授、ずっと……」
 ずっと憑り付かれていた、そう言い掛けて七海は言葉を呑んだ。そんなことを言っても、荒唐無稽で脈絡のない言葉を箔座がまともに捉えることはないだろうと思ったからだ。
 だが、箔座はこう切り出した。
「私の姿をしたあの妙な存在のことは分かりませんが、ここ暫くの間、私の中には何かが明らかに存在していた。そして、それは貴女に対して異様な関心を持っていた、そこまでは何とか理解出来つつあります……」
「教授……それが私の言っていた『黒い靄』なんです!」
「その正体が何なのかは私には分かりません。ですが……」
 箔座も自分が何を話しているのか、半信半疑、いや九割がた妙に思いつつも、言葉が止まらなかった。
「丸山君、須藤って人をご存知ですね?」
「須藤……! それが私の話していた子の名前です! 須藤啓吾君! いなくなってしまったって言う、その子です! 以前に戸田さんって方が来てましたよね? その時に話していた、その子です!」
「いや、その子ではなく……須藤一樹って人です」
 七海はぎょっとした。箔座にはその名前を伝えてはいない。少なくとも七海は口にしていない。だが何故、箔座がそれを知っているのか? 七海はそのことに対し、疑問に思う以上に不安と恐怖を感じ始めていた。
「……おじさまのこと、何故教授が?」
「私の内にいた『それ』は探していたようです。貴女を通じ、その須藤一樹と言う方の『心の弱点』を」
「え?」
「ああ……何を言っているのか、私には分からなくなってきた」
「続けてください! 何ですか、何を探していたって言うんですか?」
「ああ、それなんですが……」

「私の名は『傲慢』」

 トルソはその名を聞き洩らさなかった。
「あの父親は……スドウカズキは……自分の夢や目標に依存しているだけで、実は心の中に壁を張り巡らせている……周りの者達を見ているようで、実は他者を巻き添えにしているだけ……」
 そう言い残し、「傲慢」は空中に四散し、その姿を消した。
 トルソは愕然とした。
 焦燥感がどっとなだれ込む。
 あの異物を放ってはおけない。
「何処を見ているんだい!」
「抑圧」の放つ黒き「槍」がトルソ目掛けて猛烈な速さで飛び込む。トルソは咄嗟に体勢を立て直し、剣でその「槍」を弾き飛ばした。
「お前は……」
 アウグストが立ち上がり、トルソをきっと睨んで言った。
「お前はあの黒い悪魔を追って、この世にやってきたと言うのか?」
「何?」
「答えろ! お前はこの世の者ではない! あいつを追ってこの世界に下りてきたのかと訊いている!」
「……そうだ」
 アウグストは短銃を構え直した。
「ならば、一時休戦だ」
「休戦だと?」
「我々はお前達この世の者でなき存在、神の存在を否定する者の敵だからだ」
 アウグストはトルソから視線を外し、「抑圧」を睨み付けた。
「お前の存在は神の……神の教えを否定することに繋がる」
「何のことを言っているのか分からぬが!」
 再び放たれた黒色の「槍」を、二人は各々左右に飛び退いて避ける。
「……今はあれを何とかせねばならん!」
 トルソの言葉にアウグストが答える。
「同感だ!」

   ※ ※ ※ ※ ※

「靖徳様、紫雲殿よりお電話です」
 グランシュを連れ、共に東京へと旅立っていった紫雲の乗った新幹線の事故と、そこで起こったグランシュと「卑下」との交戦は、テレビ中継を通して靖徳も知っていた。靖徳は落ち着きを失わぬようすっくと立ち、電話元へと歩み寄った。内心は紫雲のことが気に掛かって堪らなかったのだが。
「紫雲ですか! 無事なのですか?」
「ええ……靖徳様……!」
 声が苦しそうである。
「今は何処に?」
「どうやら脚が折れているようです。現場に落ちていた携帯電話を『無断で』お借りして、お電話させて戴いています」
 横転した車両の中、紫雲は動けなくなった体で手をまさぐり、傍に落ちていた携帯電話を「無断使用」して連絡をしているのだ。
「お知らせしなければ……」
「どうしました?」
「グランシュ殿が……」
「あの御仁に何があったのですか?」
「グランシュ殿が……拉致されました」
「拉致?」
「はい、どうやら……その相手が……」
 続く言葉を聞き、靖徳は呆然とした。

 米軍の特殊部隊が一連の出来事に介入を開始していた。
 同様にして、別の部隊を乗せたワゴン車二台と二機の軍用ヘリが今この時、新宿歌舞伎町に到着したところであった。



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