スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←第二部 第四十一章 両翼の騒乱 【3】 →第二部 第四十三章 両翼の騒乱 【5】
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  • 【第二部 第四十一章 両翼の騒乱 【3】】へ
  • 【第二部 第四十三章 両翼の騒乱 【5】】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二部 第四十二章 両翼の騒乱 【4】

 ←第二部 第四十一章 両翼の騒乱 【3】 →第二部 第四十三章 両翼の騒乱 【5】
 自らが信じ、敬い、心の拠所とし、時には助けを、心の安寧を求めていた対象。何の疑念も抱かず、ただ盲目的に従順であった対象。その存在を皆と違えていたと言う理由だけで追い詰められ、傷付けられていた者がいた。後になり、その者は自分達が崇拝するものに帰依し、新たな「同志」として帰ってきた。最初はそのことに対し、皆半信半疑であった。排除の対象としてのみ見てこなかった者が、同じものを信じ敬う「仲間」として、いやそれ以上の、皆が崇める「上」の存在として、盲目的に従順であった対象に、自分達以上に密に接し仕える身として戻ってきたのだ。そのことを受け入れるには、これまでの記憶や視点、そして新たに生まれた妬みの感情が邪魔になっていた。
 だが、それも徐々に緩み、皆はこれまでの非礼に謝罪した。その者は自らを変え、そして溶け込もうとして帰ってきた。その者が自分を変えたことで、時間と共にその周囲も変化していったのだ。皆、その者を受け入れた。時に「魔女狩り」と称された傷害事件さえ起こっていたこの辺境の村、偏執的としか思えぬような、狂信的なカトリック教徒のみで成るこの村、ショーナグに、その娘は戻ってきた。自身を変え、自分達に心を開き、受け入れられようとして帰郷してきたモイール・ドニゴールを、村人は受け入れたのだ。
 愚直なまでに敬い崇め、信じ続けてきた対象に裏切られることが如何なるものなのか、どれほどの絶望感に苛まれることか、モイールはそのことを村人達に叩き付けたかった。モイールは決して変わっていない。幼き頃から心に植え付けられてきた不信感は拭われることなく、復讐の炎となって内に燃え上がり続けていた。絶望感? いや、そんなものを味わうことさえないかもしれない。己の置かれた状況、現実を理解出来ぬまま、茫然自失となるかもしれない。何が起こったのか分からぬまま、あれよあれよという間もなく「潰される」ことが、モイールが「敵」とするショーナグの村人達が如何に脆弱で、考慮するに値もしない、無価値で救いようのない存在なのかを、彼等自身に教えてやることにもなる。
 そんな思考はモイールの狂気を更に加速させていった。自身を、父を、母を追い詰め、虐げ、苦しめたあの連中に、私が鉄槌を下す。彼等にとって最も侮蔑的な形で以って。
 しかし現実は、モイールの思いとは全く異なっていた。彼等が受け入れたのは、モイールの信じる対象が変わったと言うこと、パラディンと言う立場になったこと、それだけであった。決してモイールと言う「人」を受け入れたわけではなかった。
 最初の村の犠牲者となった商店の女は、モイールを憎々しげに見やり、叫んだ。
「やっぱりだ! 神の衣を纏った忌々しき魔女が!」
 彼女は命乞いさえしなかった。
 モイールは受け入れられていなかった。たとえ真の意図が隠されていたにせよ、自ら変化を遂げ、歩み寄っていった自分自身を彼等は認めていなかった。結局は表面上のことだけでしかなかった。
「私のほうから譲歩してやったと言うのに……あいつらは……あいつらは! 結局!」
 自身の歪んだ思いを覆されたことに対し、自身のことを最後まで受け入れられることがなかったことに対し、モイールは激昂した。そのことはまた、モイールの燃え上がらせる村人達への怒りと復讐心を、更に狂った方向へといざなんだ。
 現代の世界とかけ離れた、陸の孤島のようなこの場所を、中世からそのままの姿で現代に至っていたこの場所を、時の流れに身を任せることを望まず、そのまま取り残されたままになることを望んだこの場所を、モイールは焼き払った。全てを灰燼に帰せさせた。そして、そこに住まう者の命を奪い去ることは、容易ではなかったにせよ、パラディンとなったモイールにとって不可能ではなかった。炎で夜空を紅蓮に染め上げる村を背に、剣とそれを持つ両手、そして返り血を全身に浴びた修羅の如きモイールは、その空っぽになった心に身をゆだね、こう一言呟いた。
「お互い様か」
 年月を経ても互いに歩み寄ることのなかった、信じ合うことのなかった、受け入れあうことも許し合うこともなかった両者の顛末は、実に呆気なく、しかし最悪の形でピリオドが打たれた。
 だが、モイールの狂気が消えることはなかった。これまで歩んできた自身の「軌跡」を壊してしまえば、モイール・ドニゴールと言う人間のレゾンデートルは消滅する、そうなればその先を生き続ける自信が持てない、地に足が着かない、モイールはずっとそう思いつつ、その後もパラディンとして生きてきた。世界各地で巻き起こる内戦、紛争に女傭兵として身を投じつつ、他者の愚劣さを目の当たりにしつつ、それでもモイールは、自身の心の中の狂気を抑圧し続けてきた。狂気を何かしらに転嫁して押し殺し続けてきた。自身がこうなるきっかけとなったもの、あのショーナグの村人達が盲信し、プロテスタントであると言う理由だけで、まるで清教徒革命におけるクロムウェルが持っていた、カトリック教徒に対する敵意と同様のものを自身や家族に対して抱かせたもの、その元凶であるカトリックに対しての憎悪に、モイールは蓋をし続けてきた。
自身の忌み嫌う者達の上に君臨する立場となり、それが「新たな復讐」だとしてきたモイールの狂気は、今この場で黒き異物によって、その封印を解かれた。
 狂気の矛先はライアン、アウグストへと向けられている。
「止めないか! 目を覚ませ、モイール!」
 ライアンは叫び続けた。モイールの攻めは激しく、繰り出される剣や合間での蹴りを受け、時に流すことでライアンは手一杯であった。
「アウグスト! 何とかしろ!」
 アウグストも黙ったまま見ていたわけではない。しかし、質量を持った黒き思念体の障壁に阻まれ、その体を弾き返されていた。
「次に相手してやるから待ってろ! 糞野郎!」
 そう罵倒するモイールの声は今や、本人の声ではなかった。高音と低音とが嫌な具合に混ざり合い、不協和音として放たれたものに変貌している。その声はライアンに向けられた。
「お前は何故パラディンになった?」
「何だと?」
「分かってんだよ! この父っつぁん坊やがさあ!」
 そう吼えると、モイールはライアンの股間を力任せに足蹴にした。呻き声を上げ、前屈姿勢になったライアンの鼻面を、ここぞとばかりにモイールが蹴り上げる。
「親の言いなりになるのが嫌だから? だから苦学生やって神学校なんぞの門をくぐったか!」
 鼻から多量に流れ出す血を手で押さえつつ、ライアンはモイールを見上げた。
「モイール……何を言っている!」
「パラディンとなり! 親の敷いたレールから外れて力持つ存在となり! そんな自身を心の何処かで美化し祀り上げ! 『僕は親には、家には縛られていない』と自身に言い聞かせ! まるで自由人とでも気取ったかのようで! だが! 全ては偽りだ!」
 モイールが脚を振り上げた。その脚は黒き靄が間欠泉の如く噴出し、それは「鎌」のような形状となる。その「鎌」が空を切った。それはアスファルトを切り裂きつつ、ライアンへと迫り、瞬く間に両足を踝の下から両断した。
 ライアンが絶叫する。
「そんなくだらねえ気持ちに囚われているうちは、お前は自由なんかになっちゃいない! 偽りの自立に心躍らせているだけのガキなんだよ! 真の自由とは『無』だ!」
 モイールの握る短剣が、黒く禍々しき光沢を放ち出す。
「モイール! 止めろ!」
 アウグストの声だ。モイールはアウグストに視線を向ける。アウグストは短銃を構えていた。その姿をモイールが目で捉えた直後、アウグストは引き金を引いた。銃弾が撃ち出される。
「無駄!」
 そう言い、モイールは逆手に持った短剣を下から上へと、尋常でない速さで振り上げた。アウグストは自身の目を疑った。銃弾は両断され、モイールの両脇へと流れると、路面に落ち弾んで転がっていく。
 アウグストを見据えたまま、モイールは言葉を続けた。
「この世の全ては『虚無』へと還り、そして浄化される。心や感情を持つ罪人は救済される……」
 振り上げられたモイールの手が再び下ろされた。放物線を描くように下ろされた手に握られた剣から再び黒き「凶刃」が放たれ、それはライアンの頸動脈を切り裂いた。
「ライアン!」
 アウグストは叫んだが、呻き声と共に数秒の後、ライアンはこと切れた。
「Du…… verdammter Schweinehund!(この薄汚い淫売が!)」
 アウグストは母語で苦々しく呟いた。 それを聞いたモイールは大声で笑い、次いでアウグストにドイツ語で話し始めた。
「Alles klar.(これでいいのさ)」
 モイールの邪に光る両の瞳がアウグストを捉える。
「人間は心を持つが故に、感情を持つが故に……苦しみ苛まれ続ける。自分を、そして他人を苦しめる。そんな元凶は破壊し無に還してしまえばいい……私も救われる……私の呪われし力……もう心のみを破壊するなど生ぬるい。お前の仲間だったフランス人の若い男の時のようには、な」
「ヴァンサン……上野の駅でパラディン・ヴァンサンをやったのは貴様か!」
「ああ。だが、だ」 
 モイールはじりじりとアウグストに歩み寄る。そのモイール目掛けて、新たに数発の銃弾が放たれた。次はモイールは弾を避けなかった。その体を取り巻くように立ち昇る黒き靄の盾が弾を捉える。銃弾は全て、蒸発するかのように空気中に四散していった。
「だが、それだけじゃ何も変わらない……根本的にはな。そのような心や感情を生み出すもの、人間なんて言う不憫な存在を生み出す、この世界! この星! この宇宙! 全ての事象! それら全て! 私達は全てを破壊し、消滅させ! そして私達自身も無と言う神の次元へ……本来の自然へ……還っていくのだ……それが望みなのだよ」
 アウグストは初めて「怖れ」を感じた。モイールはもうモイール・ドニゴールではない。その狂気に踊らされ、そしてその狂気を糧とする異物に憑かれ、アウグストが知っている者とは全く別の存在へと変貌してしまっている。
「その通りです!」
 宙に浮いた箔座がモイールに同調して声を上げる。
「もう貴女はモイール・ドニゴールと言う憐れな女ではないのです! そして私の『分身』でもない……貴女はその内に抱える憎悪と悲哀で誰からも望まれぬ成長を今この場で遂げた……貴女は新しき貴女になった! さあ、新しき貴女の名をその者に告げてさしあげなさい」
 箔座はトルソを見据えつつ、ほくそ笑む表情で言った。
「私の……名前……」
 モイールと同化した異物はこう名乗った。
「そう、私の名は……私は『抑圧』」
「そして!」
 次いで箔座が吼えた。
「私達は宇宙などと言う垣根を越えて存在する、唯一無二、絶対的なる神、『虚無』と言う絶対自然を司る神、タナトスに仕えし存在!」
 箔座はトルソへ「黒き球」を放つ手を止め、両腕を天へと上げた。
「神は言う! 『我等の存在を認めよ』! そして『崇め、従順となり、己が救済を受け入れよ』と!」
 その言葉が終わった途端、都内全域にある異変が起こった。市街地に設けられた全ての屋外ビジョンに、嵐の如き荒れ狂う黒色の靄を全身に纏い、宙に浮いたままの箔座の姿が映し出されたのだ。
 新宿のスタジオアルタに設けられた屋外画面にも映り、それを見た多々良は驚愕の表情を浮かべた。「畏怖」の騒乱での傷跡が残ったままの新宿フラッグス周辺では、そのフラッグスの壁面に威風堂々と宙に浮く箔座と、その黒き異物を多くの者達が目にした。次いで叫び声が上がると同時に、人々が一気に逃げ始めパニックとなった。JR新宿駅や京王線、地下鉄大江戸線の駅構内に一気に、怒涛の如く流れ込む人々は互いにぶつかり、押し合い、所々で倒れ、その体を踏み拉かれる者も現れた。周辺の道路は一挙に麻痺状態と化した。新宿だけではない。池袋、渋谷、新橋、品川、秋葉原、上野、赤羽、蒲田に至るまで、都内の無数の場所で騒ぎが発生し始めた。場所によっては、騒ぎどころではない、阿鼻叫喚の地獄と化した所も出ている。
 その中を、箔座の口を借りた、実に聞き苦しい、擦れる金属音が複数混成されたような不快な声で、異物は吼え続ける。
「大神タナトスを受け入れよ! 己が愚行を認めよ! 我等がもたらす全てへの究極の救済は今目の前にある!」
 その姿をトルソは苦々しく見据えている。両の拳が怒りで震える。アウグストも呆然としつつ、迫るモイールから視線を離さないまま、異物の声を聞いている。
「我等の敵は……真なる敵は……この黒き悪魔也!」
 アウグストは歯をぎりぎりと噛み締めながら言った。
「トルソーーーーっ!」
 喧騒の中、トルソは聞き慣れた声を耳にした。箔座も声のした方向に視線を向ける。逃げ惑う人の波の中を逆行して、こちらに近付いてくる者が一人いる。多々良だ。
「受け取れーーーーっ!」
 多々良は大声で叫び、手にしていた長身の包みをトルソへと投げた。トルソはそれをしっかと掴み、巻かれていた布を一気に解いた。
「タタラ、よくやった!」
 トルソの手に剣が戻った。
「……ふん」
 箔座は無表情で、トルソを鼻で笑った。

   ※ ※ ※ ※ ※

 屋外ビジョンに映し出された箔座松太郎の姿は、そのまま緊急放送となりメディアから流れ始めていた。間もなく、警察または政府により報道が規制され始める筈だ。それまでに、と言わんばかりに、各社はこの映画張りの映像を流している。丸山七海や三浦賢治、戸田治美は三人で訪れていたショッピングモールで、それを目にしていた。
「ショウスケ……何なんだよこれ!」
 三浦が声を漏らした。三人がいたモールは、新宿からかなり離れた場所に位置していたが、それでも周囲の見物客からはどよめきが起こり、我先と逃げ出す者の姿がちらほらと見え始めた。
「これ……教授じゃないよ。みん君、これ、もう箔座教授じゃない!」
 七海が映像を睨み付けながら言う。
 その時、七海の携帯電話が鳴った。七海はそれを手にしていたカバンから取り出し、着信先を見て目を見張った。
「嘘……箔座教授?」
 相手は箔座松太郎となっている。それを三浦や治美も見、各々に驚きの表情を浮かべている。
 七海は電話に出た。
「もしもし……教授?」
「ああ、丸山君か! 私だ、箔座だ!」
 箔座の動揺した声が響く。
「テレビを見ているんだ……あの黒いものは君の言っていた、あの黒い靄ですか? 新宿の街を騒がしていたあれか?」
「き、教授?」
「どうして『私』があんな所にいるんだ! しかも、う……浮いている! 君、何か知っているんじゃないのですか? 教えてください!」
 間違いない。この声は箔座松太郎本人のものだ。
「何がどうなっているんです! あの私そっくりの『あれ』は……あれは何なんだ!」



関連記事
スポンサーサイト


  • 【第二部 第四十一章 両翼の騒乱 【3】】へ
  • 【第二部 第四十三章 両翼の騒乱 【5】】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第二部 第四十一章 両翼の騒乱 【3】】へ
  • 【第二部 第四十三章 両翼の騒乱 【5】】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。