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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二部 第三十八章 治美との再会

 ←第二部 第三十七章 迫る再戦 →第二部 第三十九章 両翼の騒乱 【1】
 時は少し遡る。

 新目黒通りの往来の中、三人の人物を乗せた一台の車が走っている。ハンドルを握っているのは伊勢谷公博、後部座席には丸山七海と三浦賢治の二人が座っていた。戸田治美の勤める東京都児童相談センターに向かっているところである。
 東京都児童相談センターは新宿区にあるが、最寄りの駅はJR山手線や西部新宿線の高田馬場駅である。車は新目白通りを高田馬場へ向かっていた。明治通りとの交差点を右折すれば、間もなく左手に学習院女子大学が見えてくる。センターはそのすぐ傍だ。
「ええと、伊勢谷さんって言いましたっけ?」
 三浦が口を開いた。七海と恋仲の関係である三浦は、今回の件で須藤瑛治を助けたいと強く願う七海に同行し、何かあれば七海を守ろうと決心している、七海の大学での先輩でもあった。
「ああ、何だ?」
 伊勢谷が飄々とした返事をする。
「あんた、フリーのジャーナリストって言ってましたよね?」
「ああ、その通りだけど」
「ただのジャーナリストってわけじゃないでしょう? あれ……何なんですか?」
「あれって?」
「あの黒い変なものが俺達を追って来た時、見せたでしょう?」
 三浦は伊勢谷が見せた「法力」について訊いていた。
「あれねえ、いや、別に見せようと思って見せたわけじゃないんだけどね」
「俺、あんなものこれまで勿論見たことないですし……」
「そりゃそうだろう」
「それだけじゃない、あの黒い変なやつや、ショウスケが妙な奴に変わっちまったことも……」
 伊勢谷は何も言わず、ルームミラー越しに三浦の顔を覗き見る。
「ジャーナリストが何故あんなこと出来るんです? あんたはただの興味とかで、今回のことを追い掛けているとも思えない。あんたの、その……友達って精神科医の人が『被害』に遭ったから、仇討ちをしようって考えてるんですか?」
「訊きにくいことを、実にストレートに切り込んでくるね?」
「す、済みません」
 些か恐縮して見える三浦を見ていた伊勢谷は、視線を前方のフロントガラスに移すと、声のトーンを落とし気味にして語り始めた。
「俺、元々は修験者だったんだ」
「シュゲンジャ?」
「ああ。君も名前は聞いたことがあるだろう? 比叡山延暦寺。俺はここの仏門に入っていた修験者だった」
 三浦はそう話す伊勢谷の後頭部をじっと見つめる。
「まあ、平たく言やあ、山伏さ」
「山伏ですか? 山伏って……本当にいるんですか? 今も?」
 丸山七海が二人の会話に入る。
「別に映画とかの中の話だけじゃないさ。ただ、延暦寺に山伏がいるなんて話は誰も知らないことだけどな」
「はあ……」
「修験者ってのは、修験道を実践している連中のことを言うんだ。まあ、山篭りして厳しい修行を積んで、悟りを開くことが目的。日本独特の宗教だよな。山岳信仰ってのが仏教に入り込んだんだから」
「その、延暦寺の山伏って誰も知らないってのは?」
「あれね、例えば奈良の金峯山寺とか、京都の聖護院とか、山形の鳥海山とか……話すと長いし、俺も詳しく知らないんだが、修験道って特殊な部分があってね、全ての寺社で認められているわけでもない、マイノリティの宗派みたいなものなのさ」
 伊勢谷は淡々と語る。
「だが、延暦寺の修験道ってのは、そこらの修験道とは全く異なる。その目的は言うなりゃ『降魔調伏』。陰陽道とも密かな繋がりがあったんだが、とは言ったって、延暦寺には晴明神社に縁(ゆかり)の五芒星もなけりゃ、ダビデの星みたいな文様もない」
「あの、そこまでになってくると、私達には全く分から……」
「ああ、そうだな、失敬」
 戸惑う七海に伊勢谷は謝った。
「その、ゴウマチョウフクって、何かのロープレで出て来たような言葉だって記憶があるんですけど」
 三浦の言葉に、七海が顔をしかめた。
「何? みん君ってまだ徹夜ゲームとかやってんの?」
「あ? いやいや、今はそんな暇ないよ! 前に聞いたことがあるって話」
「ふうん」
 七海が目を細めて口を尖らせ、三浦を見つめている様を、伊勢谷はミラー越しに見、
「君達はほんと、緊張感がないって言うか、面白いねえ、何だかさ」
と声を掛ける。
「あ、す、済みません」
 七海がぺこりと頭を下げる。
「いや、別に謝らなくたっていいけどさ……そうだなあ、確かにゲームなんかにゃ使われているかもしれねえな。『降魔調伏』ってのは、釈迦如来が悟りを開く時に、魔物がうじゃうじゃ集まって来て邪魔をするんだけど、如来は印を結んで不動明王を呼び出して、魔物を全て調伏した……って話から来た言葉なんだ。不動明王のことだから、焼き払いでもしたんだろうかな? ま、そんな意味合い。俺達はそんな魔物から人の心を守るため、そして信仰心の邪魔を除き、ゆるぎないものにするための助力を行うエキスパートとして存在していたんだ」
「存在して『いた』?」
「ああ、えっと、俺の立場で言やあ過去形さ。俺はもう修験者じゃない……破門されちまってね」
 最後の「波紋」と言う言葉を、伊勢谷は少し躊躇いがちに口にした。
「俺、そんな修験者を輩出している家系の生まれでな。でもすれっからし、やさぐれた奴なんだよな。天邪鬼っていうか……」
 昔の伊勢谷は、仏門そのものにはあまり関心はなかったが、秘匿の力である「法力」には多大以上なる関心を持っていた。また、元々人には見えないものが見えると言う体質もあり、己の欲望を押し殺しつつ、伊勢谷は修行に励んでいた。だが、次第に伊勢谷は、
「魔物たるものは本来、人の心に住み着き、人の心が見せ、人の心が操るものであり、それを抑えるのもまた人の心である、だからこそ、そこに仏と言う、溺れる者が縋り付く藁のような存在があっては、結局は人の心が弱体化し、腐ってしまう」
とする考えを抱くようになっていった。「法力」と言うのも、人心の力、人の気持ち、念による一種の精神波動みたいなものが作り出す力と言う解釈をし、修験道の歩む道からどんどん離れていく。
 このことを看過出来なくなった延暦寺は、仏をないがしろにする伊勢谷を破門したのであった。
 その後、伊勢谷はカトリックに帰依し、ヴァチカンにあるエクソシスト養成施設の門を叩く。そこで悪魔憑きとは何なのか、それを精神医学、病理学、心理学とあらゆる方面からアプローチし、悪魔を「退散」させる術を学んだ。殊の外、伊勢谷は優秀な成績を収める。そのうちに、パラディンなる組織を知ることになった。精鋭エクソシストによる武装部隊、これは「キリスト教が過去から現代に至るまで、哲学的な部分よりも、愚直なまでの信仰心を求め、他者を力任せに抑え付けてきた歩みを持つ宗教の証拠である」とし、カトリックからも伊勢谷は離れる。
 以降は、傭兵としての経験を積み、現在のフリージャーナリストと言う立場に立ったと言う自身の歩みを、伊勢谷は滔々と語った。
 三浦と七海は、口をぽかんと開けつつ、「はあ」と生返事をしながら聞いていた。
「……結局、悪魔も魔物も、その大半は人の心が作り出して、余計な力を持って暴走した代物ってことさ。考え様、捉え様によっちゃ、物事はどうにでも映るだろ? 良くも悪くもな。そいつらは全て、それを見て、聞いて、感じた当人の責任、当人の心次第ってことなんだよ。まあ、中にはそうとも言い切れない、妙な存在もあるんだけどな」 
「その妙な存在ってのは?」
 七海が欠伸を堪えて訊く。
「眠くなっちゃった? 長話したからね」
 伊勢谷はミラー越しに映る七海の顔を見ながら、笑って言った。
「中にはあるんだよ。正体の分からない、変な存在ってのが。程度の差はあるが、神がかりなもんだな。さっきの黒いあれは……俺にも分からん」
 その時、伊勢谷の携帯電話が鳴り出した。伊勢谷はその着信表示を見、表情を曇らせる。
「アンチスマホなもんでね。アナログな携帯でしょ? ちょっと済まん」
 作り笑いとしか見えぬ表情でそう言うと、伊勢谷は車を路肩に寄せ、ハザードランプを点灯させてから電話に出た。
「よお、紫雲か。久しぶりだな」
 先程まで多弁だった時とは打って変わった声のトーンで、伊勢谷は電話の相手に言葉を掛ける。
 その間、三浦と七海は互いに顔を見合わせていた。
「で? これから七海はどうするんだ? その、戸田治美って誰?」
 三浦の質問に七海は、耳に掛かった髪を後ろへ送りながら答える。
「私達の先輩に当たる人よ。この前に一度しかお会いしてないけど、今度の騒ぎを、恐らくは私達よりももっと詳しく知ってる人。そして……けいちゃんのことも、おじさまのことも知ってる人」
 三浦には「けいちゃん」のことも「おじさま」のことも良くは知らないが、七海にとって大事な人物であるらしいことは理解していた。
「治美さん、おじさまがいなくなったことを『やっぱり』って言ってた。それって、何か私の、いえ私達の知らない何かを知っていることだって思う」
「俺達の知らないことを、か?」
「あのね、みん君知ってる?」
 七海は半ば戸惑いがちな口調で、YouTubeで配信されていた動画のことを訊いた。
「ああ、見たよ」
 三浦が答える。須藤がトルソ達と共にグリフィスで飛び立った動画だ。
「あれね、あそこに映っていた人の一人が、そのおじさまなの」
「はあ?」
 三浦は想像してもいなかったことを聞かされた。そして驚きを隠せずに声を上げた。七海の言葉は伊勢谷の耳にも入り、伊勢谷はちらりと七海のほうを見た。
「もしかしたら、おじさまが変な人達や鳥と一緒に何処かへ行ってしまったことについて、治美さんが『やっぱり』と言ったのだとしたら、治美さん、あの鳥や鎧みたいなものを着込んだ人達のことを知ってるんじゃないかって……」
 三浦は額に垂れた伸び気味の前髪を右手で何度も掻き上げた。そして「んーーっ」と唸るような声を上げた。
「俺、お前にヤバいことはさせないって言ったけど、それって……既に相当ヤバいことになってんじゃないか!」
「あの黒いバケモンに追い回された時点から、とっくに相当ヤバくなってんだよ、学生!」
 伊勢谷が口を挟む。既に伊勢谷は携帯電話での会話を終えていた。
「けいちゃんやおじさまが何処へ行ったのか、そして治美さんも見たって言う、あの黒い何かのことを、実は治美さん、知っている筈なのよ!」
 七海の声が些か荒ぶる。
「で? お前はこの一件について何をしたいのか、何が出来るのかって俺は訊いているんだ」
 三浦の言葉に七海は顔をきっと上げる。
「そんなの、そんなの分かんないよ! でも私……だって……」
 三浦の腕が七海の肩に回る。温かい。
「お前がそう責任を感じなくていいって俺は言いたいんだ。このことはもしかしたら、七海がたまたまそこに居合わせたってことだけで、実はどのみち起こっていたんじゃないかって、俺には思える。けいちゃんや、そのおじさまって人にとっては、とんでもない災難かもしれない。いや、事実そうだろう。でも、七海がそんなに大事だと思うその二人からすれば、七海がこのことでトラブルに巻き込まれることを良しとするだろうか? 俺だったら、もし俺がそのおじさまの立場だったら、絶対に七海を巻き込ませたくない、力尽くでも七海の足止めをするだろうな」
 七海の肩が小刻みに震えている。
「私、嫌なの……けいちゃんが、そしておじさまが……あいつは、だってあいつは、私の中に入り込んできたあいつは、おじさまの弱点を探ろうとしていた。けいちゃんを守ろうとするお父さんの、おじさまの……一樹おじさまの心の中にある弱点を探ろうとしていた! そして……人が人を好きになることを『無様』だって言っていた! 私のことを……私だけじゃない、私のことを育ててくれて、見守ってくれているパパのことを……馬鹿にした! そして……」
 七海ははっとしたように口を閉じた。箔座に憑く異物に、七海が須藤に抱く秘かな、しかし強い感情を言い当てていたことを、七海自身は否定したが、しかし否定し切れるものではない、父と言う存在に憧れる七海の深層心理をのことを、三浦に話すわけにはいかない。
「おじさま……けいちゃん……おじさま……!」
 七海は俯いたままむせび泣き始めた。それを見て三浦は悟った。自分が今恋人として付き合っている丸山七海と言う女性の心の中には、自分以外にもこの「おじさま」と言う人物が存在していることを。三浦は七海の境遇を知っていた。七海は幼い頃に母を亡くしている。それから十数年、七海は父の手一つで育てられたことを、三浦は七海から聞かされていたのだった。七海は父である丸山重雄が大好きであることも知っていた。女児が父親に対して強い独占欲的な愛情を抱き、母親に対して強い対抗意識を燃やすエレクトラ・コンプレックスとは異なる、しかし異性への愛情を父親へのそれと転嫁するファーザー・コンプレックスのようなものが七海にはある。それは毎日の中での、自身への接し方で何気に三浦は感じ取っていた。
 ならば、自分は……
 七海の肩に回している三浦の腕から、ふと力が抜けた。三浦の心の中には、まだ小さくはあるものの、明らかに嫉妬心が芽生え始めていた。
「お取込み中のところ悪いが、お二人さん」 
 張り詰めた二人の間に、伊勢谷の声が割り入った。
「事態は急展開しそうだ。戸田治美に会って、確かめなきゃならんことが出来た。行くぞ!」
 そう言うと、伊勢谷は車を急発進させた。

 向こうの世界からの使者がこちらに向かっている。その者は、はぐれた仲間を捜しに来ていると、伊勢谷は紫雲から聞いた。紫雲とその者は、伊勢谷とここ東京で合流し、その仲間を捜す手助けをして欲しいとする内容の電話であった。到着は明日の午後。
 戸田治美はその「はぐれた仲間」のことを知っている可能性がある。少なくとも、何かしらの手掛かりを握っている。
 そして明日。きっと明日、全てが判明する。今、何が起こっているのかを。

   ※ ※ ※ ※ ※

「あ、貴女は……」 
 来客と言うことで顔を出した治美は、大学で一度出会った丸山七海の顔を覚えていた。伊勢谷と名乗る男と、初めて見る顔の男、この二人と共に来た七海は、自分に何の用があるのだろうか、と治美は不安を感じていた。特に一度会った伊勢谷の顔が気になる。何にせよ、七海に話すことの出来ることはない。いや、むやみに話していい内容がない。
「戸田さん、忙しいところごめんなさい」
 七海はぺこりと頭を下げた。
 そこに伊勢谷が割って入る。
「戸田治美さん。唐突だが、トルソと言う名の人物に心当たりはないですか?」
「トル……ソ……ですか? さあ……」
「このトルソなる人物を捜して、その仲間が明日東京に着く。その者の名はグランシュ。彼の上司的存在だそうだ」
「あの、何の話なのか……」
 懇願するような七海の声が建物の中に響く。
「戸田さん、お願いです! 私達に少しだけ時間をください!」
 戸田と同期の職員がこちらを見やる。治美はしばらく間を空け、そしてゆっくりと頷いた。
「じゃあ、こちらへ」
 治美はそう言うと、三人を奥の小部屋へ案内した。ミーティングを行ったりする小会議室である。
 部屋に入り、先ずは伊勢谷が口火を切った。
「とんでもない話だが、戸田さん、このトルソなる人物は、先日の新宿の一件や、巷で騒がれている『黒いもやもや』の話と深い関わりを持っている。そして、グランシュと言う人物もこの件に絡んでいる。二人は……あの世から生きた人間の姿でこの世に降り立っている者達だ」
 この言葉に治美はぎょっとした。心臓が口から飛び出し、天井に当たって床に落ちてくるのではないかと思うほどに、心臓の鼓動が暴力的に跳ね上がった。
「……あの人……」
「知っているんだね?」
 伊勢谷の声掛けに対し、治美は口をつぐんだ。
「戸田さん! 私、私達、あの黒い『変なの』に襲われたんです!」
 七海が叫ぶように言った。
「何ですって?」
「あの黒いバケモノ、うちの大学のシュンスケ……ああ、箔座松太郎教授に憑り付いているんです!」
 三浦も口を開いた。続いて七海が言った。
「あいつ、あいつ! 私の心の中に入ってきて、おじさまの……けいちゃんを守ろうとする須藤一樹さんの心の弱味を見せて貰うって言っていたんです!」
 治美は呆然としつつ、二人の大学生の話を聞いていた。
 伊勢谷の声のトーンが落ちる。
「この二人はそんな黒色の魔物に狙われた。俺とこの七海ちゃんの彼氏は、あの魔物にやられそうになった」
「何てことに!」
 治美は両手で口を押さえた。事態がこんなところにまで波及し始めているとは、治美は想像もしていなかった。
「戸田さん」
 伊勢谷が詰め寄るような口調で言った。
「トルソと言う人物に会いたい」

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