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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二部 第二十六章 リーガン・アブダイク 【13】 ベネウォレンチアとの謁見

 ←第二部 第二十五章 リーガン・アブダイク 【12】 接触 →第二部 第二十七章 リーガン・アブダイク 【14】 「悔恨」
 お前にはもう見えている筈だ。今まで見えていなかったもの。そして見ようとしなかったもの。目を伏せ、正面から向かうことを避けてきたもの。
 虐げられている者が、他の者を虐げる。
 傷付けられた者が、また誰かを傷付ける。 
 分かってくれと叫びつつ、だが互いの存在を否定し合う。
 憎しみの連鎖。悲しみの呪縛。
 悲鳴が木霊している。
 遣り場無き思い。他者を食い物にして、それは拡大し、目に見えぬ敵を作り上げる。己の中、相手の中、それは拡散し、確実に増殖していく。
 追い詰め、追い詰められ、恨みや憎しみを募らせ、留まることを知らぬまま、やがては全てが破滅へと導かれていく。
 もう誰の声も届かない。
 誰の声も聞こえない。

 これが人間だ。これがお前達だ。これが素の姿なのだ。
 今更何の懇願も認めぬ。
 我等は全てを浄化する。お前達の黒き思念によって生み落とされし、望まれぬ存在となり果てた我等が、全ての愚行に対し審判を下す。
 全ては虚無神タナトスの望むが故に。
 神の遣いであるセンチュリオンの導くがままに。
 忌み嫌われし名を宛がわれた我等を、お前達は皮肉の念を込めてこう呼ぶ。
「ペインキラー」
 ならばその名に相応しく、全ての苦痛をお前達から取り除いてやろう。
 無に還すことで。全てを消滅させることで。
 そして我等も消えよう。永劫に。

 リーガンは飛び起きた。夢だ。真っ暗な視界の中、おどろおどろしい声だけが耳に、脳内に響いていた。いや、あれは本当に夢なのだろうか。この見慣れぬ世界に飛び込んで以来、何がまともで、何がそうでないのか、今ではもう分からない。目の前に広がる世界、そこで目に映るもの、そして起こっていることだけしか信じられるものはない。そして、心の中に息づく息子ジョシュアへの想い。そして、ペインキラーと呼んできた、あの悪鬼達への復讐心……

「リーガン」
 エマーソンの声がした。
 振り向くと、エマーソンが立っている。真っ白な、磨き上げられた石で作り上げられた部屋に二人はいた。リーガンは大き目の椅子に腰掛けたまま、うたた寝していたのだった。
 元の世界にて、あの大災厄の後に軍の施設へ逃げ込んで以来、ろくに睡眠も取ることの出来ない毎日を送っていたのだ。心休まる時のないまま、今この異世界にて、この宮殿の一室にて、ほんの一瞬だけの、心落ち着く筈の一時の間、眠りに落ちていたのだ。だが、心の中に巣くうざわついた思いが、それを許さない。失いし過去の生活。特にこれといった希望もなく、漫然としたまま送っていた毎日。思い返せば、特に幸福感を感じることのなかったあの時こそが、幸せの絶頂であったのだ。失って初めてそのことにリーガンは気付いていた。人は皆そうであろう。手の内から失って初めて、その貴重さが分かるのだ。幸せだと自覚せぬまま、それにただ惰性的に身を委ねているうちに、それは指の間からぼろぼろとこぼれ落ちていく。砂時計の砂が少しずつではあるが、確実に減っていくように、幸せは逃げていくのだ。失ってから後悔しても遅いのだ。そのことを身に沁みて理解出来ていたリーガンではあったが、それでもやはり心の中に虚しさがせめぎ合う感覚を覚えないでいるわけにはいかない。
「大丈夫か?」
 エマーソンの呼び掛けに、リーガンは無言で一度頷いて返した。手で額の汗を拭う。何とも嫌な汗だ。
 エマーソンはリーガンの脇を抜け、テラスへと歩み出た。外には湖が広がり、白い遊歩橋がその上を網目のように伸びている。対岸には何隻かの船が停泊している。リーガンやエマーソンは、そのうちの一隻の飛行帆船で、ここエリュシネ宮殿へやってきたのだ。空間近衛騎士団と名乗る武装組織に連れられ、この巨大な宮殿へやってきたはいいものの、ここから如何に物事が進展していくのか、二人には全く想像が付かなかった。ただ、あのままバイクで広大な平原を疾走しているよりは些かましであろう。何らかの情報が手に入れられるやも知れない。ここの者達もペインキラーから逃げ、また対抗策に手を焼いているようだ。
 この世界が何なのか、そしてペインキラーは何処から現れたのか。リーガンとエマーソン、そして今はこの場にいないシュウが見た、あの七体の白き人型の巨大な存在と、それを遥かに上回る、空に浮かぶ月の後ろに蠢いていた更なる巨大な存在、あれは何なのか。
 そもそもペインキラーとは何なのか。
 今し方、夢の中で聞こえてきた声をリーガンは思い返してみる。「お前達の黒き思念によって生み落とされし、望まれぬ存在となり果てた我等」とは、どういう意味なのだ。
 全てを明確にしたい。
「不思議だな」
 エマーソンが言った。落ち着いた、そして心の枷から解き放たれたような、実に穏やかな声だ。
「気付いたかい? この宮殿に、いや、この町の領空に入った時に、気持ちがちょっと穏やかになったような感覚を? ここには光が満ち溢れているんだ。白く、穏やかな、そして優しい光だ」
 リーガンは座ったまま、エマーソンに視線を向ける。
「あ、ああ……そう言われてみれば。気分が楽になったような感じがしたわね。確かに不思議」
 エマーソンはテラスに出たまま、大きく深呼吸をした。
「空気が旨い。否応が成しに禁煙したくなる気持ちにさせられるよ」
「フリッツ、貴方止めたんじゃなかった?」
「煙草かい? 止めたというより、止めざるを得なかったんだよ。もう生産されてもいなかったんだ、残り少ないやつをちびちび吸って、ニコチンやタールなんぞにしがみ付いているのは苦しいもんだしな。おまけに息がすぐ上がっちまう」
「私のコーヒーも似たようなものね。私はちびちびでもやっていたけど。何だか、あれを飲んでいれば、まだ人間の生活を送っていられるって気持ちになれたし」
「なるほど」
 他愛のない会話をしている二人の部屋の扉が叩かれる音がした。二人は、次いで入室してくる金色の甲冑に身を包む者に目をやった。
「女王陛下がお会いになられるそうだ。お二方とも、一緒に来て戴きたい」
 
 リーガンとエマーソンは、空間近衛騎士団員の歩く後を付いて、謁見の間へと向かう廊下を歩きながら、この宮殿に到着してすぐに出会った、ユベリウスと名乗る男のことを思い返していた。見た目は二人と同じような白色人種の者である。ストレートな長髪は肩に掛かる程度の長さで、前髪が顔の両脇を隠している。その合間から窺える目は切れ長で鋭く、その瞳を見据える者は誰でも、その心を見抜かれるのではないかと思わせるほどの厳格さを持っている。鼻の上部から右に掛け、刀傷なのだろうか何なのかは分からないが、細長い傷跡が走っているのが見受けられる。些か面長の長身な男で、宮殿に到着した際、上陸の前にタラップの上で仁王立ちで二人を待っていたのであった。
「私はユベリウス。レグヌム・プリンキピス王政連合首長国所属、空間近衛騎士団総隊長であり、女王ベネウォレンチアを守護する者の代表である。そなた達の名と、所属をお教え戴きたい」
 ユベリウスは言っていた。それに対し、
「……私はアメリカ合衆国空軍、フリッツ・エマーソン中尉、そして彼女はリーガン・アブダイク……軍曹扱いではあるが、元々は軍籍のない一般人です。もっとも、我々の国も今はもう存在していないのだが」
とエマーソンは返した。
「アメリカ合衆国……聞いたことのない国名だが。存在していないとは如何なる意味か? 政府が瓦解したのか?」
「まあ、間違いではない。アメリカだけではない。我々のいた世界の国家はその全てが消滅した。全てはペインキラーのせいだ」
「ペインキラー? そもそも軍とはどんな組織なのだ?」
 ユベリウスの質問にエマーソンは腑に落ちないという表情をした。
「軍が何かだって? ここにも軍はあるだろう? 国家を防衛するための組織だ」
「国家の防衛、か? なるほど……確かにそなた達は陛下の懸念していた者であることに間違いはなかろう」
 ユベリウスはそう言うと、踵を返し、二人を宮殿の一室に案内するよう部下に言い残し、その場を去っていったのだ。
「彼等は甲冑なんかで身を固めているのに、軍が何かだなんて、妙な質問をしていたな、あの男」
 エマーソンはリーガンに話し掛ける。
「そうね。彼等は剣や銃みたいなものを持っているのに、軍隊ではないと言うのかしら。じゃあ警察とか、憲兵隊みたいなものかしらね」
「まさか軍隊が存在しないなんて、笑う壺のないジョークだってわけじゃないだろうな」
 そう言葉を交わしている二人に、先頭を歩いていた男が言う。
「静かに願いたい。ここが謁見の間に通じる控えの間だ。我等が親愛なる女王陛下がその先におわせられる」
 二人は控えの間に通された。大きな窓がある。そこからは若緑色の空と白い雲、日光の差し込む明るい小部屋で、そこには精密な絵画や彫刻、円形の天井とそこから下がるシャンデリアが目に付く。
「何だかベルサイユ宮殿にでも来たみたいよね。綺麗」
 溜め息混じりにリーガンが言う。エマーソンは黙ってこくりと頷いて返す。
 甲冑姿の男はそこで室外へと外し、それから間もなくして、謁見の間へと通じる二枚の扉が開かれた。
 その重厚な扉の先には、かなりの奥行きがある長い部屋があった。薄暗い中に、小さく見えるシャンデリアが幾つも見受けられる。シャンデリアは各々が穏やかで柔らかな光を放っている。先にある王座の前には二本の太い円柱があり、数段の階段を上がったところに、玉座と向き合って謁見希望の者が位置する箇所がある。床には赤と緑の二色別で描かれた大きな円と正方形の模様があった。その前には玉座に腰を下ろし、静かに前を見据える女王がいる。初老の、ふっくらとした面持ちの持ち主だ。蝋のように色は白く、エメラルドグリーンの瞳を携えた女。その横にはユベリウスが立っている。腰の後ろに両手を回し、軽く両脚を開いた姿勢で身動きせぬまま、エマーソンとリーガンを、瞳を動かすだけで交互に見やっている。
「前へ出なさい」
 女王が口を開いた。その声が周囲に共鳴し、軽いエコーを伴っていた。
「ようこそ我が王都エリュシネへ。私がこの国を治める女王、ベネウォレンチアである」
 二人は声もなく、ゆっくりと頭を下げた。リーガンが先ず膝を床に付け、続いてエマーソンもそれに合わせた。
「フリッツ・エマーソン、そしてリーガン・アブダイク……でしたね。そなた達は、まだ心身ともに疲労困憊の身であろう。今宵はゆっくりと休まれるが良い」
 ベネウォレンチアの優しげな声掛けに、何を言われるのかと戦々恐々としていた二人は、些か拍子抜けした感じを覚えた。とは言っても、謁見専用の黒色ローブに身を包んだユベリウスが、女王の脇で二人をじっと見つめる視線を感じつつ、そのような言葉を掛けられても、正直心が休まるわけではない。
「ですが、その前に……」
 そう切り出したベネウォレンチアは、右手を掲げて目を閉じた。
「疲れているところを申し訳ない。少しばかり、そなた達の話を聞かせて貰えぬであろうか」
 この言葉を発した直後に、ベネウォレンチアの瞳に力が入るのをリーガンは見逃さなかった。その様子を見通したかのように、ベネウォレンチアもリーガンに視線を向けた。
「リーガン……こちらへ」
「え?」
 一瞬だけだが、リーガンは自分の心臓が跳ね上がるような感覚を覚えた。これまで様々なものを見てきた、見させられてきたリーガンではあった。そのせいで度胸が付いたと言うべきか、察知力が増したと言うべきか、多少のことでは動じないようにはなっていた。しかしそれでも、この慣れぬ緊張に心が順応出来ていなかったがための動揺だった。
「怖がることはありません。前へ」
 ベネウォレンチアは続ける。
 リーガンは「ええ」と返事をすると、ゆっくりと玉座の前へ歩みを進めた。それをエマーソンとユベリウスがじっと見詰めている。
 ベネウォレンチアは、自分の前に進み出たリーガンに対し、右手を差し出した。
「私の手に触れては貰えぬか?」
「陛下!」
 間髪を入れず、ユベリウスが声を上げる。そしてリーガンと女王の間に入ろうとするが、
「構わぬ。下がっていなさい」
と冷静ではあるが、強い口調で言い、ベネウォレンチアはユベリウスを制した。そして改めてリーガンに視線を向ける。
「さあ。そなたはまだこの世界の者に触れてはいないであろう? 我等も人間なのです。怖れるでない」
 穏やかな声で話すベネウォレンチアの緑色の瞳をじっと見つつ、リーガンはおずおずと手を差し出し、女王の右手に自身の指で触れた。
 ベネウォレンチアの表情が一瞬険しくなる。
「ありがとう……もう良い。下がりなさい」
 右手を押さえつつ、ベネウォレンチアは言った。何が起こったのか分からぬまま、リーガンはエマーソンの横へと戻っていった。
「陛下……」
 ユベリウスが心配げな表情で声を掛ける。
「大丈夫だ。そう気を遣わずとも良い。思った通りの『拒絶反応』があっただけだ」
 そう還すベネウォレンチアの瞳には、まるで何かを確信したような雰囲気を醸し出していた。リーガンは「拒否反応」とは何のことを言っているのか分からぬままだった。そして、次に発せられたベネウォレンチアの言葉に、リーガンとエマーソンは驚愕した。
「間違いない。そなた達はこの世界の者ではないですね。『現世』に生きし人間、しかも死して魂となり、本来ここへ来るべき時の姿にはなっておらぬ。本来ならここにいる筈のない人間……」

「じゃあ、ここは何か? 死後の世界とでも言うのか?」
 エマーソンが声を上げる。その言い方はまるで、自分で言葉を発しつつ、しかしその言葉に完全なる疑念を込めているようなものであった。そして確かにそうであった。エマーソンはせせら笑うような表情で言った。
「馬鹿な」
 ユベリウスの鋭い視線がエマーソンに向く。
「そなた達の立場でものを申せば、確かにそうであろう。だが、我等からしてもそうです。そなた達は本来、我等が死した後に向かうであろう死後の世界からの来訪者と言うことになる」
 冷静さを全く崩さずにベネウォレンチアは言った。
「どういう……ことですか?」
 リーガンが訊いた。
「言葉のままです。そなた達が生きていた世界、そこで寿命を全うし、若しくはその途中で不慮の事態に遭い、命を失くす。その後はその肉体は消え、魂となり、ここへ来て転生し、新たな人生を送る。そして、ここで同様にしてその人生を終えれば、その後は新たなる肉体を得て、そなた達の世界にて転生する……そなた達のいた世界とここは繋がっているのです。共存しているのですよ」
 右手に何の違和感もなくなった様子で、ベネウォレンチアは両手を腿の上で組み、二人にゆっくりと語り掛けた。
「だが……俺達はまだ死んじゃいない」
 エマーソンが言った。この話が皆目信じられないという表情をしている。
「そう。まだ死んではおらん。だから、本来そなた達がここに来ることはあり得ないのだ」
 今度はベネウォレンチアではなく、ユベリウスが返した。
「そしてリーガン。先程そなたは私の手に触れた。感触は如何でした? 遠慮せずに申してみなさい」
 ベネウォレンチアはリーガンの芽を見つめて言った。
「え……そう……確かに触れました。ただ、何と言うのか、質感に欠けるものがあると言うのか……」
 ベネウォレンチアは静かに頷いた。
「まだこちらの世界に完全に順応したわけではない。当然のことです。それどころか、そなた達が私に、いやこの世界における万物に触れることなど、本来は不可能な筈なのですから。そして、私の右手にはそなたが触れた瞬間、感電でもしたかのような痛みが走った。肉体の、いえ、物質そのものの構成がそなた達とは異なるのです。痛みはそれが故の『拒絶反応』です。我等は『思念体』なのですから」
「思念体?」
「左様。意識、精神の集合体とでも表現すればいいのか……我等の肉体、いえ物質そのものの組成が異なるが故、本来なら互いに触れ合うことなど出来ぬ筈なのですが……どうやら、そなた達は強力な精神力を持ち合わせているようですね。だからこそ、私の手とリーガン、そなたとの手とが触れ合えた……」
「何ですって……肉体や物質そのものが……じゃあ、ここも……」
 リーガンは唖然とした表情で周囲を見回した。
「左様。この宮殿も、壁も、床も……いえ、外の地面や草木の一本一本にも、本来ならそなた達は触れることの出来ぬもの。だが、今こうしてそなた達はここにいて、その床に膝を落とし、私の声を耳にしている。これは奇跡とも表現出来ることなのです」
「はあ……」
 エマーソンが溜め息交じりの声を上げた。
「だが、そんな話とペインキラーとにどんな関係があるんだ?」
「ペインキラー、とな?」
「ああ。あいつが……あの黒い煙みたいなものが現れて、俺達の世界は無茶苦茶にされた。空は元々青い筈なのに、ここと同じ緑色の空があちこちに現れて、そして連中はそこから下りてきた。全てをぶっ壊し、子供達を連れ去っていった。ありゃあ一体何なんだ? 今の話とそれとどんな関係があるんだ?」
 一気に言葉を吐き出すエマーソンをユベリウスがたしなめた。
「陛下の御前である! 無礼な態度は慎め!」
「悪いが、あんたには女王陛下かもしれないが、俺達には何の関係もない。俺達はあの糞ったれどもが何なのか、何をしに攻め込んできたのか、さらわれた無数の子供達は何処にいるのか、それを知りたいんだ!」
「フリッツ、落ち着いて……」
 リーガンがエマーソンの左手を掴む。
「これが落ち着いていられるか! 何だ? 死後の世界だって? じゃあ神は何処にいる? 神は何故あんなものを俺達に仕向けてきた? 神の首根っこをとっ捕まえて訊き出してやりたいね!」
 興奮するエマーソンをじっと見つめるベネウォレンチアは、やはり冷静なままで言った。
「そなたの怒り、もっともではありましょう。そして何が何だか理解出来ぬまま、不安と怖れで心を支配されているのも感じます」
「何を言って……!」
「その負の感情こそがあの黒き異物の求める糧であり、その糧となる陰の思念で満ちたそなた達の世界にあれは出現したのです」
 ベネウォレンチアのこの言葉に、二人は言葉を失くした。いや絶句した。
「我等の世界には伝承がある」
 次に口を開いたのはユベリウスだ。ユベリウスはその伝承をゆっくりと暗誦し始めた。

「見よ。世に住む者、敬う心失いし時、信ずる心失いし時、慈しむ心失いし時、その者己が呼び起こしたる闇に喰われるであろう。闇は神の遣いとして光に代わり世に降り注ぐ。全ての者己が患う病により滅びるが運命を歩み、世は今再び清められ、万物は無へと還り、最終的救済を迎えるであろう。光も闇もその役目を終え消え行く。それこそが自然の摂理であり、神の摂理である。その闇、センチュリオンこそ全てを救済する闇の神の遣いとなろう」

「センチュリオン!」
 リーガンは声を上げた。ペインキラーが人間の脳から発せられる脳波に似た動きをしている、本体があるかもしれないと言っていたギャレス・フリードマンに会い、その後ロサンゼルスから辛くも脱出する際に、脳内に響いてきたその言葉。
「それです! そのセンチュリオンってのは一体何なんですか? 私は見ました! 私達のいた世界が滅びに掛かるまさにその時、空に浮かんだ七つの白い、とんでもなく大きな人影を……天使のような白い羽を持っているのに、真っ白い出で立ちなのに、その顔が真っ黒で判別出来ない、あの人影を! そして月の後ろで蠢いていた更に巨大な……あの黒い影? あれは何なのですか?」
 リーガンの言葉を聞き、初めてベネウォレンチアは表情を変えた。
「……センチュリオンがそちらに現れたのですね。そう。七体は全てを破壊し、滅し、虚無へと変えようとする邪神タナトスの率いる腹心です」
 ユベリウスもリーガンの話を聞き、同様に驚きに囚われた表情を浮かべている。
「エペソ、スミルナ、ペルガモ、テアテラ、サルデス、ヒラデルヒヤ、そしてラオデキヤ……七つの名前を冠せられた、虚無の軍勢の先頭に立つ七巨頭、それがセンチュリオンです」
「……黙示録に出て来る七つの寺院の名前そのままか。冗談きついな」
 エマーソンが呆れたように言った。
「虚無神タナトス、そして七体のセンチュリオンの正体は分かりませんが、少なくともそなた達がペインキラーと呼ぶ、あの黒い煙の如き存在は、元々は人の心、いや魂そのものなのです」
 ベネウォレンチアの言葉に、二人は己が耳を疑った。
「あれが……人間の心……」
 リーガンの返す声はフェイドアウトしていく。
「憤怒、羨望、寂寥、怨恨、背徳、悲哀……様々な負の感情に支配され、その身をやつすようになり、終いにはそうした負の思念体そのものに成り果てた人の心。それはその抱える重荷に苦しみつつ、センチュリオンやタナトスという存在に寄り添うようになった……」
「何故です?」
「タナトスやセンチュリオンが全てを滅ぼし、全てを無に還すとするからです。自らが抱える苦痛を無にして欲しい彼等は、邪神とその側近たる七つの存在にすがり付き、自らも消滅出来るという最終的救済を手中にしたいから、解放されたいからなのです」
 エマーソンもリーガンも、一言も発せぬまま、ベネウォレンチアの語りに耳を傾けたままでいる。
「そして、タナトスもセンチュリオンも、そうした魂や思いを利用している……」
「まさに悪魔そのものだな。いや、悪魔よりも性質が悪い」
 エマーソンがぼそりと声を漏らした。ヴァチカンが発表した、悪魔は現存するとし、世界はハルマゲドンに突入したとする公式声明をエマーソンは思い返していたのだ。
「そして、今やあの黒き異物と化した人の心、魂、思念は我等の住むこの世界をも滅ぼそうとしている。皆、彼等から逃れようと必死になり、もがいている。ここエリュシネに来る途中で、そなた達も見たであろう。町の郊外には広大な難民キャンプがあり、それは日を追う毎に拡大している。国中から逃げてきた民です。このエリュシネを覆う『結界』に入れば、災厄をしのげると信じ、願い、救いを求めてきた者達なのです」
「結界?」
「左様。だが、それは決してそなた達の信仰する神の力にすがったものではない。人を思い、慈しみ、愛し、互いに支え合う友愛、慈愛、家族愛の力。愛の力である白き光の結界……」
 ここでベネウォレンチアは語り疲れたのか、口を閉じ、深く息を吸い、そして吐いた。変わりにユベリウスが口を開く。
「本来、この世界はそうした光で満たされていた。だが、その力も弱まり、あのような存在を呼び寄せ、跋扈(ばっこ)させるに至ってしまった。そなた達の世界が汚れ、荒み切ったが故だ」
「何だって?」
 エマーソンがきっとした目付きでユベリウスを睨んだ。
「二つの世界は互いに、そこに住む者の心の循環によってその安定を保っている。だが、一方が一線を超えて汚れれば、その汚れでもう一方も汚染されるのだ。今この世界を襲う災厄は、元はと言えばそなた達『現世』の者が引き起こしたことでもあるのだ!」
 これに対し、リーガンも納得いかぬと言葉を返す。
「待って! 人間ですもの。いつも健全で誰もが幸せを感じているというわけにはいかないわ。時には怒ったり、絶望したり、羨んだり、悲しんだり……貴方達の言う負の感情に囚われることだってあ。でも、それって自然じゃないの? そこから立ち上がって前へ進むからこその人間じゃないのですか? それはここの人達には当てはまらないのですか?」
「私は『一線を超えて』と言った筈だ。その程度のこと、我等も重々承知している」
 ユベリウスは言い放った。
「互いの存在を反映し合った世界……」
 ベネウォレンチアが、二人の口論を制するかのように、再び口を開いた。
「片方が滅べば、自ずともう一方も滅びの道を進んでいく……」
 リーガンは、そのベネウォレンチアの哀しげに発した言葉を聞き、心が苦しくなるのを感じた。
「リフレクト・ワールド……」
 リーガンは静かに言った。リフレクト(反映)し合った世界、反映した人の心、そしてリーガン自身の心もまた、何処かで反映されているであろうこの世界。お互いに滅亡の道へと突き進むことになった責任、リーガンやエマーソンが住んでいた、そして今は滅び去った世界の責任を今、ここでいがみ合いながらなじっても、どうにもならない。しかし、リーガンにはこのことがわが身のことの様に思えてならなかった。リーガンは思った。私は息子に対し、周りの人達に対し、世間に対し、如何なる思いで接してきたのであろうか。リーガン自身の擦れた心もまた、今回の災厄を招き寄せる一因になったと言うのか。
 リーガンの頬に一筋の涙が流れた。
「私は……私達は……」
 この時、ベネウォレンチアとユベリウスは見た。涙を流すリーガンの胸元から白い光が漏れ始め、輝きを増していく様を。

 この遥か後になり、時間軸を異にするもう一つの「現世」からの訪問者となる須藤一樹、須藤啓吾が放っていたものと同じ白い光。
 このことは、リーガンの心の中にあった、ペインキラーに対する恨みと復讐心を乗り越え、悔恨とは異なる別の感情が湧き起こってきた証でもあった。

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