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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二部 第六章 リーガン・アブダイク 【1】

 ←第二部 第五章 箔座の研究室にて  →第二部 第七章 リーガン・アブダイク 【2】
 グランシュがトルソ捜索のために出立する前日の夜のことである。
 アフェクシアとグランシュは、二人して宮殿の地下、最深部にある一室、「心の球体」のある部屋にいた。二人は王族に伝わる一冊の本に目を通していたところであった。禁書録にある一冊である。

「地上に現れし異形の『者』。それとも『物』と言うべきか。

 それは本来、固有の形や姿を持たない。その存在そのものこそが『全ての命に対する最終的救済』として、下僕を送り込み、人間の心に忍び寄らせ、喰らい付き、全てを消滅させようとする。そして如何に拳を振り上げようとも、剣を持って抗おうとしても決して勝てぬ最大の敵。それに対峙した者に唯一残された手段があるとするならば、それ一体は何なのであろうか。自滅か、それとも……
 そもそも、それは『敵』なのか?

 それは誰もの心の中に、誰もの潜在意識の中に存在している。

 センチュリオンはそれらの邪なる存在の上に立つ者であり、タナトスと名乗る最も強力かつ冷酷な『虚無神』に仕えし要である。

 闇の神の僕たるセンチュリオンとは決して戦うこと勿れ。敗北避けたくば決して戦うこと勿れ。抵抗すること勿れ」

 センチュリオンに関する伝承を伝える禁書にあった文章である。
 同じ名称の戦車がイギリス軍において存在していたが、センチュリオンとは本来、ローマ帝国時代における「百人隊長(ケントゥリオ)」を由来とした名前である。軍団の階級の一つで、歩兵小隊長に相当する。
 ローマ軍の歩兵軍団において重要な役割を担い、また非戦闘時にも軍団兵の統括を行うなど、軍規の要としての役目を負っていた。百名の軍団兵で構成されるケントゥリア(百人隊、歩兵小隊)を指揮する者がケントゥリオである。
 センチュリオンは様々な負の感情の化身である使い魔を統率する存在であり、その力は啓吾が遭遇した「寂寥」のような思念体のレベルではない。
 グランシュの艦を完膚なきまでに叩いた、トルソ達が現世で遭遇した暗黒の意識体、それはセンチュリオンではなかった。ただの使い魔でしかなかったのだ。そして、センチュリオンを操る主たる存在が別にある……

「その名は大神タナトス」 

 グランシュは茫然とする気持ちを抑えられなかった。自分達が立ち向かわんとする存在が如何に強力無比なものなのか、否応がなしに心に圧し掛かってきていた。
 アフェクシアは目を閉じたまま、低い声で言葉を放った。
「彼等に対抗する手段は、今のところどの文献からも見付かっていない。それどころか対抗するなと書かれている。私はこの箇所に何らかの暗示が隠されているように思えてならないのです」
「対抗しない? それではみすみすやられろ、という意味合いなのでしょうか?」
「分からぬ。私にはまだ分からぬ……」
「思い出せぬ」と言おうとした口をふっと閉じ、そしてアフェクシアは思い返した。自分の過去の記憶。夢で垣間見る破壊された世界と、そこを彷徨う母としての女性の姿。その者こそ自分自身。過去の、遠い過去における自分自身。
「グランシュ。聞いて貰いたいことがあります」
「陛下?」
 数秒の間を空け、アフェクシアは重い口を開いた。
「私は……私も中途転生者なのです」
 グランシュは目を見開き、目の前に立つ悲しげな表情を浮かべた女王を見詰めた。
「何と……おっしゃられました?」
「私も中途転生者なのです。そして、私自身もその闇の存在と対峙したことがあるのです」
 グランシュは忠誠を誓う女王が何を自分に語ろうとしているのか、正直聞きたくはない思いに駆られていた。だが……
「対抗せずに彼等に勝利を収める方法……ただ、あれが勝利と呼べるものなのかどうかは分かりません」
 最深部の部屋の中で、アフェクシアの声が低く木霊している。

   ※ ※ ※ ※ ※

 平行世界。これをテーマとして、または舞台としてSF作品中で使われたことは数知れない。そもそも平行世界とは、と或る世界、または時空から枝分かれしたもので、それに並行して存在する別の世界・時空のことを呼ぶようだ。そして、これは昔流行した「四次元世界」や、今のファンタジー物語に出て来る「異世界」とはその性質の異なるもので、我々の宇宙と同一の次元を持つとされている。並行世界、平行世界、はたまたパラレルワールドとも呼ばれたりしている。並行宇宙や並行時空という呼称も存在している。そしてその平行世界では、二つの物事の状態、変化、傾向などが相似の関係にあるともされている。
 時間旅行というSF物のモチーフがあるが、そこにおいてタイムパラドックスの解決法として平行世界が用いられる場合がある。そこでは、時間旅行で行き着いた先は実際は現実に酷似した平行世界であり、そこで歴史を変えようとしても元の世界には影響しない。または多世界解釈的に、パラドックスを生じさせる様な事態が起こった時点で平行世界が発生する、と言うものである。勿論、現在では時間旅行は理論的には可能かもしれないとされてはいるものの、それは過去には行き着けないとされており、よってこの解釈は空想の域を全く出られない代物になってしまっている。

 量子力学の範疇において、「エヴェレット解釈」なるものが存在している。一九五七年に、ヒュー・エヴェレット・三世が提唱したものだ。これが如何なるものかを書き出すには、だらだらと量子力学の歴史を辿っていかねばならないので、ここでは割愛するとしよう。
 約二百年近くも過去において、或る実験が行われた。「光の干渉縞」についての実験である。それはこう言うものだ。先ず、二枚の壁を用意して、手前の壁にスリットを一箇所入れ、そこから光を当てる。すると奥の壁には、光がスリットを抜け、そこだけに一本の光の縞が映る。中心に白い線が、周囲のグレーの部分は半影、黒い部分は本影となる。そこで、スリットを二本に増やし、同じことを行ってみる。奥の壁には二本の光の縞が出来るのでは? と思われるかもしれないが、実際は光と影の縞模様に映る。次にスリットを四本にしてみる。すると光の縞は半減してしまう。
 これが光の干渉である。光はお互いに或る場所では強め合い、或る場所では打ち消し合う。但し、これは十九世紀の解釈である。当時はまだエーテルなるものの存在が信じられていた。光はエーテルを伝わる波と信じられており、この宇宙空間はエーテルに満ちているとも考えられていた。
 その後、アルバート・アインシュタインが一九〇五年に提唱した「光は粒子である」という光子説によって、光は粒子であることの可能性が生まれた。
 まず粒子を厳密に測定するためには、光のビーム(ビームとは粒子の集団や、粒子のように振舞う波長の短い波が、細い流れとなって並進したもの。その粒子や短長波は互いに殆ど衝突しない)そのものから干渉をなくさなくてはならない。光のビームは光の粒子が無数に集まったものであるため、ビームの中の粒子同士が干渉してしまうと、スリットの実験は無意味になる。光の粒子を一個だけ照射すればよい。これはレーザー光線を使うことで可能となる。更に厳密に測るため、それぞれのスリットにそこから出てきた粒子を一個から測定できる高性能観測器を配置する。そこで二本のスリットに向けて、一個の粒子を放出し、しばらく時間をおいた後にまた一個、最初の粒子が到着した後、次の一個を放出した。すると数時間後には、あらゆる干渉を排除したにも関わらず、まばらにはなるが干渉縞は出現した。更にそれぞれのスリットに通過する粒子を測定する観測器を置いたのだが、二つある観測器のうち一回に一個の通過しか観測されない。これは光の粒子が割れて互いに干渉したということの可能性がないことを示している。更に二個のスリットを開け、四本のスリットにした時もまばらにはなるが、壁に映る光の縞は半減するというパターンに変化はなかった。更に奇妙なのは、個々の粒子は、決して同じ場所に重ならないようにまばらに当たっているということだ。
 光の粒子、即ち光子はスリットの一箇所を通り抜け、次いで、何かしらのものと干渉を起こすものの、他のスリットが開いているか閉じているかで 光子の偏向の仕方が決定される。
 一九九七年、ダーフィッド・ドイチュが斬新な解釈を成した。測定器に映らない、しかし光と干渉する、光子に近い「何か」がスリットを通り抜けて光子と干渉したとなる。その光子は「影の光子」、そして目に見える光子を「触れる光子」と呼称される。では、その「影の光子」は何処から来たのか。これが他の世界から来たものだとされ、この現象こそ他の世界が存在することの証拠としたのである。
 これはエヴェレット解釈での解釈の仕方だ。他の世界のことを平行宇宙と呼ぶ。その多くの平行宇宙から同時にビームが照射され、それがこの宇宙の光子と干渉と引き起こすと言うのだ。
 その平行世界は無数にあるとされている。この実験において、スリットの大きさを一千分の一ミリぐらいは開けることが可能だ。よって、縦横二メートルもあれば一兆個のスリットを作ることが出来る。だが、一個の光子を照射すると、影の光子が一兆個伴っている筈となる。これはまさに無制限。とんでもなく入り組んだ世界がすぐ隣に隠れて存在しているとなる。
 影の粒子があるのは光子だけではない。あらゆる種類の粒子の影の粒子の存在が予測される。そして、どの中性子にも影の中性子が無限に伴っており、どの電子にも影の電子が無限に伴っている。何故なら、スリットを閉じた時に影の光子を止められるのは、触れる粒子では不可能なためである。影の粒子で作られた「蓋」がなければ影の光子を止めることは出来ない。
 そうした影の粒子を集合的に平行宇宙と呼ぶのである。

 我々が通常用いている「宇宙」という言葉の定義を明確にすると、普通に考えるなら「物理的実在の全体」が「宇宙」だ。その意味では宇宙は一つだ。
 エヴェレット解釈で初めて発見されたものは、隠れて実在する宇宙であるため、今までの宇宙と区別して呼ばないと理解困難となる。光子が「触れる光子」と「影の光子」と言葉が分かれたようにだ。
 平行宇宙は、この宇宙から見た他の宇宙を指す言葉だ。そして平行宇宙とこの宇宙を含めた実在の全体の呼び方を「多宇宙」とする新しい言葉も考案されている。
 たくさんのコピーの内一つだけが「触れる」ものだという主張を除けば、「触れる」対象と「影」の対象を区別するものは何もない。しかも我々の宇宙と完全に隔てられてはいない。干渉するぐらいすぐ近くに実在する。
 これは、平行世界の存在が単なるSF的な概念であるだけではない、物理学での理論的な可能性を提示していることになる。

 また、宇宙論の範疇でも平行世界……いや、ここでは「子宇宙」「孫宇宙」の存在を唱えている者がいる。
 スティーヴン・ホーキングはアインシュタイン方程式を元にしてシュレーディンガー方程式を書いた「ホウィーラー/ド・ウィット方程式」(一般にアインシュタイン方程式を使えば相対論的宇宙論、シュレーディンガー方程式を使えば量子論的宇宙論と呼ばれる)というものを利用し、そこから「ベビー・ユニバース」の存在を唱えた。勿論、これは理論上でのものであり、実際の観測は現在のところ不可能なものである。「ベビー・ユニバース」は、今の宇宙の元になった宇宙があり、そのベビーである宇宙が成長して今の宇宙になったとするものだ。ホーキングの理論では、この宇宙の起源は虚時間からなる虚数宇宙があって、そこから「ベビー・ユニバース」が誕生するとされる。
 また、「チャイルド・ユニバース」という解釈も存在する。これは佐藤勝彦が相対論から導き出したインフレーション理論によるもので、「マザー・ユニバース」が先ず存在し、そこから別の「チャイルド・ユニバース」が生まれると言うものだ。宇宙は無数に誕生した。その中の一つが我々の宇宙であると言う説。ちなみにインフレーション理論は、「起源論」を放棄している。ただこれは、宇宙に起源がなかったと言うものでなく、起源は量子論に任せるとして、ビッグバン以降の宇宙の構造を説いたものである。またエヴェレット自身も「メニー・ユニバース」を多世界解釈量子論に依拠して唱えている。「チャイルド・ユニバース」は電子に例えると、一つの電子が本当に二つに分かれること、一つの世界の中に互いに分離して、本当に宇宙が数多くあるという図式になる。多世界解釈は、電子がそこにある状態、ここにある状態などが共存していることであり、多くの世界が共存していて、そこにそれぞれの宇宙があると言う図式だ。

 現在の宇宙は主に正物質、陽子や電子などで構成されているが、反陽子や陽電子などの反物質の存在が微量確認されている。この物質の不均衡は、ビッグバンによって正物質と反物質がほぼ同数出現し、相互に反応して殆どの物質は消滅したが、正物質と反物質との間に微妙な量の揺らぎがあり、正物質の方がわずかに多かったため、その残りがこの宇宙を構成する物質となり、そのため現在の既知宇宙はほぼすべての天体が正物質で構成されているのだと説明されている。
 ビッグバンの過程において、この宇宙以外にも別の宇宙が無数に泡の如く生じており、別の平行宇宙では逆に「反物質のみから構成される世界」が存在するのではないかと言う仮説も提示されている。

 このように、平行(並行)世界、平行(並行)宇宙、パラレルワールドの存在は理論的に様々な解釈がなされている。決して「空想の産物」で終わらないところが興味深いところだ。

 だが、そうした平行世界の「隙間」を「行き来している存在」があるとまでは誰も主張していない。その合間にある種のエネルギーが蠢(うごめ)いており、しかもそれには独自の「本能」を兼ね備えていた。自然界で無数に存在することになった種の生物を「間引く」ような自然の力の如く、「それ」は無数に生まれる「世界」、または既に「存在」している世界を「間引く」存在であった。それを「神」と呼ぶべきものなのか、単なる自然の、それも宇宙を含めた規模での自然の持つ「自浄作用」が働いているだけのことなのか、それは誰しも分からない。想像すら付かない。
 虚無。名前を付けるなら、まさにしっくりくる呼称である。全てを無に還元し、多世界、多宇宙の数の「バランス」を取り続ける存在。「無」の「存在」が如何なるものかは哲学の範疇にでも任せることとしよう。
 それは決して、世界や宇宙そのものを頭から粉砕するような巨大な力ではなく、標的とする宇宙の中に忍び込み、その中に存在する全ての「負」の思念を食糧として喰らい、その力を増しては数々の文明を、生活圏を、生存圏を、全ての生命を脅かし、滅し、そして「空っぽ」となった宇宙をじっくり時間を掛けて踏み潰していくのだ。そこで自身の「体」を動かす「栄養」を使い切ると「眠り」につく。その間、その「分身」達が新たな世界、宇宙に奇襲を掛け、「主人」が目覚めるために必要なだけの力を掻き集めるのだ。
 それに対抗出来るものはまさに「正」の思念。

 かつて、その「負」の思念体に襲われている世界があった。

 これは、我々が暮らすこの世界と類似する、もう一つの世界の話である。そしてアフェクシアが「現世」にて生きていた頃の話でもある。

   ※ ※ ※ ※ ※

 テレビのワイドショーで、インタビュアーが年末の街頭インタビューを行なっている。画面には年末を控えたこの日の夜に、通りを行き交う厚着の人々がライブ中継で映し出されている。ブルックリンからの中継画面だ。
「やあ、元気? 来年希望することがあったら是非教えてくれないかな?」
 気さくなインタビュアーの男の声に対し、悲痛めいた別の男の声が返ってくる。
「希望? 何をさ? 教えて欲しいもんだな、こんな世の中に何を期待するって言うんだよ? 仕事はないし、国の経済そのものががったがただろ? ガソリンなんて幾らすると思う? 一ガロンで八ドル四十五だぜ、八ドル四十五! 肉もビールもアホみたいに値段が跳ね上がってるしさ! 治安も最悪、小学校じゃ休み時間にガキどもが拳銃持って撃ち合ってるんだぜ? あ、俺来月から台湾に行くんだよ。徴兵されちまったんだよ! 冗談じゃねえぞオイ! アジアでもアフリカでも戦争真っ盛り、ヨーロッパじゃ、あのヒトラーみたいな奴が何人出てきやがっていると思う? ついでに、ロシアの衛星兵器がロンドンにでかい一発ぶち込んで『誤射だ』なんてほざいていやがるじゃねぇか? こんな時代に何を期待しろっての? 何を希望するってんだよ!」
 リーガンはテレビを消した。ろくな番組をやっていない。観ているだけで気が滅入ってくる。だが、テレビをのんびり観ながら気を滅入らせているほど暇でもないのだ。遅い夕食を子供に食べさせなくてはならない。
 保険会社に勤めるリーガンは三十二歳。三年前に夫と離婚して以来、一人息子であるジョシュアを女手一つで育てている。ジョシュアは先月に七歳になったばかりだ。おとなしく、決して我が儘を爆発させることのない、穏やかな子供だ。だがその穏やかさがリーガンには不自然に思えてならなかった。親に気を遣い、寂しさを押し殺している息子。そんな息子が不憫に思えるものの、食べていくためには止むを得ない。こんな不安定な世の中で女一人子一人で肩を寄せ合って生きていくには、理想論めいた生活など送る余裕がないのだ。
 リーガンが仕事で夜遅くなる際は、姉のトリッシュが代わりにベビーシッターとしてジョシュアの面倒を看てくれている。だが、その姉は先週から体調を崩してしまい、リーガンは姉に頼れなくなっている。なるべく仕事を早めに切り上げて帰ってくるようにしているのだが、それでも帰宅する頃には夜九時を回っている。
 リーガンは帰り道に寄ったデリで購入してきた夕食の入った袋を開けた。今夜のメニューは七面鳥の軟骨入りのポットパイだ。それにマカロニを茹でて、チェダーチーズでも掛けよう。プレッツェルもまだ残っている。冷凍ブロッコリーもまだあった筈だ。そのブロッコリーの袋には「ジャパニーズ・べジ」と書かれている。何故ブロッコリーが日本野菜なのかは分からない。そんなことどうだっていい。それと、安売りしていたクランベリータルト。これだけあれば十分だ。
「上等、上等」
 リーガンは一人で献立に納得すると、二階にある息子の部屋へ歩いていった。
 ジョシュアは自室でテレビゲームをやっていた。丸い顔立ちに金髪が帽子を被せたかのごとく上に乗っかっているというイメージの少年だ。床にぺたりと座り込み、テレビの画面と睨めっこをしている。
「ジョシュア」
 リーガンは呼び掛けた。その時、ジョシュアの操る「カート」がサーキットの壁面にぶつかり転倒した。「YOU LOSE」の表示が出ると、無表情なままでリーガンのほうに顔を向けた。
「やあ、ママ」
 ジョシュアは立ち上がり、母のほうへ歩いていくと腕を回してきた。そんな息子をリーガンは抱きしめた。
「ただいま。また遅くなってごめんね」
「いいよ。もう慣れた」
 母に抱かれてもジョシュアは表情一つ、声のトーン一つ変えず、感情の起伏を全く感じさせずに、ただ一言「慣れた」と返事をしたのだった。
「おいで。ご飯よ」
「食べたくない」
「食べなさい。少しでもいいから。食べ盛りがそんなこと言うもんじゃないの」
「もう夜遅いよ」
「じゃあ、クランベリーのタルトがあるわ。食べる?」
「うん」
「こら、じゃあご飯も少し食べなさい」
 ジョシュアは母の体から黙って離れると、気が乗らないような表情のままで一階のキッチンへ向かっていった。
 リーガンは息を吐き、頭を振って肩に掛かる髪を揺すると、息子の後を追って下に下りた。

 キッチンにあるカウンター傍の椅子に腰を下ろしたジョシュアは、先程リーガンが消したテレビを点けていた。
「ジョシュア、ご飯の時はテレビを消しなさい」
 しかし息子がテレビを消す気配はない。じっと画面に見入っていた。そこに映されていたのは、気を滅入らせるようなインタビュアーと街頭の男性との会話とブルックリンの市街の光景ではなかった。CNNのニュース番組である。ジョシュアはその意味が理解出来ているのか否かはっきりしないのだが、よく報道番組を観るという、年齢を考えれば些か妙な癖があるのだ。
 まあ、ワイドショーにせよ、ニュースにせよ、気を滅入らせないものは最近ではとんと見ない。リーガンは溜め息を吐きつつ、そのニュース画面を何を考えるのでもなく見詰めた。

「これは現在のブカレストの上空画像です。時刻は午後二時半を過ぎたところです。ご覧ください。ここまで漆黒の雲に覆われた街があったでしょうか? これは黒煙ではありません。火山の噴火による灰が立ち込めている様子でもありません。太陽の光が全く届かず、ブカレスト市街地及びその周辺地域ではまるで夜中のような暗さに包まれております。道を行く車はヘッドライトをこうこうと点け……」

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