スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←第二部 第三章 多々良 →第二部 第五章 箔座の研究室にて
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  • 【第二部 第三章 多々良】へ
  • 【第二部 第五章 箔座の研究室にて 】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二部 第四章 ヴァチカンの関与

 ←第二部 第三章 多々良 →第二部 第五章 箔座の研究室にて
 宮殿の地下深くにある一室。そこにはぽかりと床から浮き上がった、巨大な球体がある。「心の球体」と過去から称されているものだ。今、球体は濃灰色となり、丸い光点をその表面に浮き上がらせている。
 アフェクシアはその光点の前に立っていた。そして、光点の中には一人の人物が、狭い石造りの部屋の中央に直立している姿を映し出している。
「聖母アフェクシア」
 光点の中に映る男が口を開いた。齢八十は余裕で届いているかに見受けられる老人である。男が話す言葉はラテン語であった。
「双方の……『不干渉』の鉄則が破られました……」
「分かっております」
 アフェクシアが静かに答えた。
「とは申しましても、こうして私と聖母様がこうして、こんな形で交信をしていること自体が、最早不干渉などとは言っていられない事態なのではありますが」
「私は聖母ではない。私がいるこの世界の、この国を治める女王に過ぎない」
 白衣を纏うその男の仰々しい態度はともかくとして、聖母と呼ばれることには、どうにもアフェクシアからすれば、しっくりこない感覚を覚えてならなかった。
「ですが、私どもの立場からすれば、貴女様をそれ以外の名前で御呼びさせていただくわけにも参りませんので……」
 男は胸の前に組んだ両手をそのままにしつつ、深々と頭を下げた。
「教皇、貴方がこうして私に連絡をされるというのは……無論、至急のことなのでしょう」
「左様でございます。そちら側でも察知はされているかとは思うのですが……」
 教皇と呼ばれた男はアフェクシアをじっと見つめている。
「そちら側に無断で派遣団を出したことは謝罪致します。事は危急でしたので」
「いえ、そのことではございません、聖母様」
 男の声のトーンが下がった。
 アフェクシアの眉が微かに動く。
「では、やはり……」
「はい。場所は日本と呼ばれる、ここからずっと東に行った所にある島国です」
 アフェクシアの表情が一層曇った。
「被害は……」
「百を越える者達が傷付き、命を失い……周囲の建築物にも多大な損害を被ったという報告が入ってきております」
「何と……!」
 アフェクシアの漏らした一言を聞くや否や、男の目付きが厳しいものとなった。
「聖母様。こちらと致しましても、もう猶予はないものと判断致しております」
「では?」
 教皇……ローマ法王は顔を上げた。
「我々教皇庁としましては、早速現地に『パラディン』を派遣することと決定致しました」
「パラディン?」
「はい。我々はこの世に下りてきたあの者を、忠実なる神の僕である人間に仇なし、神に闘いを挑む不貞なる悪魔と捉えております。これは……私が言うのも妙なのですが、全ての人種、文化、そして宗教、そうした垣根を越えた、共通の敵であると我々は考えております。そうした者に対するのは、我々神に仕える者、その総本山である教皇庁が司るべき聖務であるものと捉えております」
「教皇……」
「聖母様、どうぞ我々のために、そしてかの者と対峙し、聖なる闘いへと身を投じるであろうパラディン達のために……お祈りいただければ、誠に光栄の極みと思う所存でございます」
 アフェクシアは黙って頷いた。
 法王は更に続けた。
「現在、他の本山にある代表と連絡を取っている次第でございます。各地から、それぞれを代表する者達が該当の地へと参る予定です」
「では……」
「カンタベリー、ブッダガヤ、アヌラーダプラ、ラサ、メッカ、サマラ、ブサキ……各地のそれぞれの代表との緊急会議を招集しております。ですが、先ずは我々のパラディンが現地へ赴き、調査とそれに対応した行動を取ります」
 仏教、イスラム教、ヒンズー教、イングランド国教会、その他の宗教の現在の「代表者」たる者が集まり、いわば総宗教サミットなるものを開催する予定であると、法王は伝えた。全ての宗教の垣根を取り払った、かなり斬新な集まりである。恐らくはそれぞれの立場の主張、利便の守護、立場の維持や、他宗教側への批判等で、うまく話が纏まるものか、そのことは法王自身も危惧していた。だが、迫る問題は悠長なことを言っている場合ではないことも十二分に察している。そこで、会議開催の前に、打つことの出来る手があるのならば、先手を打っておこうと言うわけであった。そしてそれは、カトリック総本山であるヴァチカンの立場を強固足るものにする理由も含まれている。
 そのことはアフェクシアも感じ取っていた。なので、法王の言うことには心から納得出来ずにいたのだ。しかし、そう悠長なことは言って入られない。
「頼みます。私は貴方がたのために祈りましょう」
 このアフェクシアの言葉を聞き、法王は再び深々と頭を下げた。

 日本では現在、臨時国会が繰り広げられていた。新宿における原因不明の災厄が何なのか、テロか、連鎖的に発生した事故か、そして出現した正体不明の黒煙若しくは黒靄が何か、新しい兵器なのか、何らかの物理現象なのか、様々なことを追求し、論議し、何かしらの対策を立てようという目的ではあった。しかし結局は、有事に対する対策を怠っていた政権の不手際であるという方向に話は流れ、野党側の与党に対する猛烈なバッシングに終始する有様であった。
 そしてこの国会の内容は衛星回線を通じ、遥か海の向こうにあるホワイトハウスでも中継され、大統領や大統領補佐官、国務長官や米軍の各軍の参謀総長といった高官達がそれを見詰めていた。
「相変わらず……無能な連中ね。昨年の大惨事においても、彼等は有効な対策を立てるために無駄な時間を有している。そんな時間の浪費の産物が果たして実際に有効だったかはさておき、今回の……この期に及んでも、まだ無意味な論争を繰り広げている」
 真っ赤なスーツと言う、実に目立つ身なりをした、初老の女性であるガルブレイス国務長官は、赤毛のカールした髪に手をやりつつ、ふうと溜め息を吐いた。
「どう思う、テレーズ?」
 固く結んだ唇に人差し指を当て、脚を組んだ体勢でソファに深々と腰を下ろしていたロジャー・ヒル・アメリカ合衆国大統領は、中継画面から視線を逸らさないまま、その口を開いた。
「新宿に現れたという、妙な黒い靄……そんな手合いの物質があるものなのだろうか?」
 テレーズとファーストネームで呼ばれたガルブレイスは、腕を組んだまま、微かに首を右に傾けた。
「確かに腐食性ガスというものはありますが……こんな雲状になって、しかもその形を変えてはうねうねと生き物のように動く代物なんて、全く聞いたこともないです」
 中継画面が切られ、次いで衛星から送られてきた当時の新宿の画像へと切り替えられた。
「少なくとも、そうしたガスがこの地上の気圧の中で、ましてやあんな雲状になって、勝手気ままに動くなんて考えられません」
 陸軍参謀総長のロジアがむすりとした表情で言った。
「まさか……」
 ガルブレイスが口を開いた。
「まさか、何だ?」
 大統領がその後を追う。
「いえ、何でもありません」
「ああ、昨日の来客か?」
 禿げ上がった頭に太いフレームの眼鏡を掛けた姿が特徴的な、ワシリーエフ大統領補佐官が、眉をおどけたように上に上げて言った。
「枢機卿だか何だか知らぬが、妙なことを言っていたっけ」
「枢機卿? 何故ヴァチカンがこの件に絡んできたのだ?」
 ロジアが怪訝そうな表情でワシリーエフのほうを向いた。
「何でも、あの黒い代物は『悪魔』なんだそうだ。で、ヴァチカンは独自に今回の件に対して調査活動を行う、そしてその結果は大統領にご報告するのだそうだ」
「悪魔? あれがか?」
 ロジアが些か素っ頓狂な声を上げた。
「だが、彼等は『パラディン』を動かすと言っている」
 ヒルが座ったまま、ワシリーエフのほうに顔を向けて言った。
 ワシリーエフが怪訝な表情で訊く。
「何です、そのパラディンってのは……?」
 ヒルは溜め息を吐いた。
「何でも……ヴァチカンの誇る特殊部隊、なんだそうだ」
 ロジアの表情が嫌悪感を帯びたものへと変化した。
「はあ? いつから連中はそんなものを?」
「私も詳しくは知らない。連中は何やかんや言っても、所詮は秘密主義だからな。自国の防衛のために軍を所有する権利は、どの国家にもある。その一環であろうと捉えてはいる。あんなちっぽけな国の防衛など、イタリア軍に任せておけばいいのだが。まあ、そうは言っても、放っておくのにも些か難がある」
 ヒルは語り続ける。
「パラディンの名は初耳ではあるが、宗教紛いの武装集団かもしれん。テロリストによくある部類だ。連中の調査やその行動については、NSA(アメリカ国家安全保障局)に一任させることにする」
 そう言い終ると、ヒルはすっくと立ち上がった。
「陸軍参謀総長。在日米軍の各基地に伝えよ。警戒態勢を『3』にするように」
「承知致しました」
 ロジアは敬礼をすると、帽子を手に取り、その部屋から退室した。

 現世にあるローマ教皇庁と、来世にあるレグヌム・プリンキピス王政連合首長国のエリュシネ宮殿とは、互いに連絡の取り合いが可能ではあった。だがそれはこの世における、あらゆる隠匿すべき事項の中でも最優先として捉えられている事柄であった。
 記録に残っている範囲で、最初に交信をし合ったのは遥か昔、ローマ帝政時代にまで遡る。ローマ皇帝コンスタンティヌス一世の時代であると、某禁書に掲載されているとのことだが、それはその隠匿性の重要度から未だに公表されていない。それどころか、そのような記録が存在することでさえ、全く世間には知れ渡ってはいない。過去に何度来世との交信が行われたのか、それは全く以って不明ではある。ただ、教皇自身はその即位の度に、そうしたことが過去に行われていた歴史があると言うことのみ、耳にすることになる。現世と来世との相互不干渉の大鉄則がある以上、滅多なことでは交信を行うことはなかったのだった。
 だが今回は違う。来世からの侵略者が現れたと言うことに等しいと判断した教皇は、数百年ぶり(なのであろう)に、現在のレグヌム・プリンキピス統治者であるアフェクシアと交信を行ったのだ。
 危機感を募らせてはいるものの、そうばかりでもない一面があった。このことを口実に、世界各地へのローマ・カトリックの権威の復興と強化を狙っていたのである。密かにエクソシストを育成し、世界各地へ派遣、また育成出来るだけの素養を持つ者の発掘や訓練、教育を行っていたヴァチカンにとっては、まさに災い転じて福と為そうとする好機でもあったのだ。
 そして、エクソシストの中でも精鋭中の精鋭、教皇より武装を許可され、身分を隠したまま(せいぜい探られても神父上がりである、ということしか分からないままだった)、米軍SEALSの特殊訓練や、旧ソ連のスペッナズの猛烈な訓練等にも参加した経験のある、まさに精鋭軍人とでも表現出来る者が「パラディン」である。神に仕えし最強の傭兵とでも言ったところであろうか。その実戦経験については、全くの謎のままだった。存在そのものが謎なため、それもそうなのだが、利権を争う世界各地の紛争に参加するわけにもいかず、彼等の実力は未知数である。
 そのうちの一人がゆっくりと成田国際空港のゲートから姿を現した。夏なのにも関わらず、全身黒色の出で立ちで、顔以外の部分を隠したその容貌に、周囲の者達は怪訝な表情を浮かべて視線を送っていた。
 蒼白なまでに色の白い皮膚と、短く刈り込み、そしてワックスか何かで上へと跳ね上げられた、銀色がかった白髪を携えたその男は、まだ見た目には三十路から四十路に掛けての年頃ではないかと思わせる顔をしている。目の周りにはくまでも出来ているかのような、薄黒い色を帯びており、その眼球に光る灰白色の瞳の眼光は、まるで鋭利な刃物のように鋭く、まさに猛禽類のそれとも表現出来よう。
 その男は小振りなトランク一つのみを持って、表に出て来ていた。そして、その者を出迎える一人の神父がいた。神父は日本人だ。
「Herzlich willkommenn in Japan, Paradin Augst.」
 ようこそ日本へ、パラディン・アウグスト……出迎えの日本人神父はそう言ったが、その口を塞ぐように手を差し出したアウグストと呼ばれたドイツ人は、流暢な日本語で「お前の車は?」と一言だけ返した。
 慌てて日本人神父の熟年の男は、斜め前に止めておいた白のセダンの後部ドアを開けた。神父はアウグストのトランクケースを車の後部に入れると、慌てるように運転席に乗り込んだ。
 アウグストは音も立てずにすっと乗り込むと、
「新宿……だったな? そこへ」
と無表情のまま言った。

 心の球体は水の上に浮いたまま、元の青く淡い光を取り戻した。室内がほんのりと明るくなる。アフェクシアは踵を返そうとしたその時だった。
「ママ」
 子供の声がした。
 その声に聞き覚えはあった。覚えどころか、心に深く傷のように、深海底で裂けてその底を深々と見せ付ける海溝の如く、その声はアフェクシアにとって忘れられない声であった。
「ママ」
 その声は再度、静寂なる室内に響いた。
「ジョシュア……!」
 アフェクシアは再び心の球体に視線を送った。
 球体の表面に、うっすらとではあるが、球体の青き光に同化してはいるが、それでも記憶の底にしっかりと刻まれている、幼き少年の姿が浮かび上がっている。
「ジョッシュ!」
 アフェクシアは声を上げた。
 ジョッシュと愛称で呼ばれた少年、「ジョシュア・アブダイク」はじっとアフェクシアを見つめている。
「ジョッシュ……! どうして……」
 少年の口が開き、声が漏れた。だがそれは少年の声ではなかった。実に聞き苦しく、高音と低音とが不協和音を醸し出した、鼓膜に直に鋭い爪を立ててくるかのような異音が、そのあどけなさを遺す少年の口から漏れ出してくるのだ。
「久しぶりだな……『リーガン・アブダイク』」
 その名前を呼ばれたアフェクシアはぎょっとした。
「今は陛下とお呼びすべきかな? だとすれば、失礼した」
 忌むべき声が響く。
「お前は……お前は!」
 アフェクシアの表情が歪んだ。
「いずれ……いずれ再びお会いすることになろうぞ……」
 そう言い終ると、ジョシュアの表情は、受信状態の著しく悪いテレビ画像のように醜く歪み、そして耳を押さえたくなるほどのけたたましい高笑いを放った。
 アフェクシアは呆然としたまま、球体の表面から消え行くかつての「我が子」の姿を見詰めていた。

  
関連記事
スポンサーサイト


  • 【第二部 第三章 多々良】へ
  • 【第二部 第五章 箔座の研究室にて 】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第二部 第三章 多々良】へ
  • 【第二部 第五章 箔座の研究室にて 】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。