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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二部 第三章 多々良

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「ごめんだね」
 多々良はしかめた表情で言った。
「俺は縛るのも嫌だが、縛られるのはもっと嫌だ」

 元々が自由奔放と言うべきなのか、さもなくば丸山が須藤に対して用いた、「糸の切れた凧」という表現を当てはめるべきなのか、とにかく多々良次朗とはそういう男だ。昔からそうだった。ドライであり、様々な由無しごとに対しては無関心を決め込んでいた。回りくどいことは好きではない。そして何事に対しても必要以上に執着することも嫌であれば、執着されることも好きではない。未練がましいことも好きであろう筈がない。
 特にもてたわけでもなかったが、かと言って付き合った女性が戸田治美ただ一人というわけでもない。その相手をふったのは専ら多々良のほうだ。無味乾燥な視線で物事を見詰めるためか、あまり相手に対してのめり込むこともない。本当に相手が好きなのか、愛しているのかと仮に訊かれたら、
「きっとそうなんじゃない?」
と言った具合で答えること必至な男である。自分のテリトリーを侵害されてまで、または犠牲にしてまで、相手に歩み寄ることを良しとしないのだ。
「付き合う際には、一緒にいる時間を大事にするってのは分からんでもない。だが、それと同じように、自分の時間も大事にしたいし、尊重されたい。勿論、相手も同じような感覚でいてもらわなきゃ、先ず一緒にいるなんて無理だね」
 多々良の恋愛論、いや一般対人論はこの一言に尽きる。だからこそ、互いを空気のように感じていた治美との仲が続いたのかもしれない。付き合うという感覚に縛られることなく、ただ一緒にいたいからいる、それだけのことに素直に、そして真っ正面から向き合っていたのである。勿論、異性に対してなのだから、性欲が働かないわけではない。これも「やりたいからやる、そうでなければやらない」、これだけである。歩み寄ることを意識して行うということは苦手で、何時の間にか歩み寄っていたと言う、まさに奇跡的な状況が性に合っているのだ。要は変わり者なのだろう。そうでなければ我儘か天邪鬼か。
 どのみち、これではなかなか結婚というステージにまで歩を進めることは難儀であろう。
 ゴールデンタイムにテレビで放送される甘塩辛い恋愛劇ものや、愛憎べったり劇が展開される昼過ぎのドラマなんてものは、多々良にとっては興味関心の対象外でしかなく、それどころか怖気の走るもの以外の何物でもなかった。そして大学時代に熱烈に寄ってきた女子学生と言うものが過去にいたにはいたが、相手の求めるものに応えようと言う気もなかった。そんなことはただの「いたちごっこ」でしかなくなる、そんな具合である。風来坊のようなこの男は合コンなんてものにも関心がなかった。学生時代や、そして今に至ってもではあるが、そんな話が来ても、鼻で「ふん」とあしらう程度だった。頭数揃えで出席することはあっても、そこでまあまあ話を盛り上げたにしても、それから先は何もないまま。本人がそれを求めていないのだから仕方がないのだ。自然体でいたい、本人に言わせればこんな言葉が返ってきたりもする。

「何処かで聞いた話だが、こいつには俺も賛成なんだ」
 多々良は言う。
「別れってのは、言わばその相手からの『卒業』みたいなもんなんだそうだ。自分にとって、そして相手にとって、互いがもう必要ない、吸収するものは吸収し、学べるものは学び、そしてもうこれ以上一緒にいる必要がなくなった時、別れってのはやって来るんだとさ。で、もしもまた互いに必要となった時、その時には放っておいてもまた二人は出会い、そして一緒になる。でなきゃ、新しい出会いを迎えるって寸法なんだと。出会いも必要だが、別れもなきゃならない。でなけりゃ、何時まで経っても同じ相手と縛り合い、互いに前へ進む機会を見失っちまう。今の自分があるのは別れた相手のおかげ。そうやって思って、みんな前進していくわけさ。俺もそう。だから、何時までも別れた相手を思ってうじうじしているなんて、俺からすりゃあ信じ難いことなんだ。いいじゃん。別に恨んだりどうこうするわけじゃあない。きれいさっぱり忘れちまっても。ただ、出会った相手には感謝しなきゃな。そして忘れる。忘れなきゃあいけないんだ。これ、間違ってると思うか? 俺はそうは思わん」

 そんな具合だから、ましてや死後も遺した者を愛するという、パトリック・スウェイジとデミ・ムーアの出演していた某映画でさえ、「考えられない」「あり得ない」「無理」といった感覚で観ているのだ。勿論、その手の話を再度観ようとは、決して多々良は思わない。だからこそ、トルソの語る話に対しては嫌悪感を以って対峙していたのであった。

「そりゃあ束縛ってもんだ。死んでも繋がっている? 勘弁して欲しいね」
 多々良は表情を崩さずに言った。
 多々良は仲間達から離れ、新宿御苑にいたトルソを引っ張って、新宿駅構内にあるカフェに入っていた。隣には治美がいる。構内の一箇所で落ち合う約束をし、トルソを連れたまま治美と再会したのだった。治美は保護した赤ん坊を警官に手渡した後だった。体の震えがまだ収まっていない治美に対し、多々良はカフェに入ってコーヒーを勧めていた。店内のスタッフは何事が起こったのかとおろおろしてはいたが、奇跡的に店自体は営業していた。以前に大きな地震がこの町を襲った時、店舗は閉鎖され、地下道なども封鎖されたのだが、今回は駅構内がシェルター的な機能をしていたからであろう。店舗の中には、食料や飲料水を無料で配っているところも見受けられていた。
 異界からの使者である「畏怖」が消えた後、白い光の柱が立つ傍まで銃を持ったまま歩み寄った多々良は、トルソに向かってこう声を掛けた。
「あんた、もしかして……バカでかい鳥に乗っていなかったか?」
 その言葉にトルソは目を丸くして答えた。
「そなた、何故グリフィスを知っている?」
 この答えに妙な確信を得た多々良は、トルソを連れてその場を離れたのだった。
 カフェに入り、席に着くと多々良は治美に、これまでの事の顛末、治美が最初に出会った子供のことから、病院で出会った黒い影、そして現在に至るまでの体験を話させた。トルソは見たところ、出身国は分からないが、日本語を流暢に話す白色人種の大男としか判断出来ず、何故大剣なんてものを持っているかなんてことも問い質したいとは、多々良は思っていなかった。ただ、治美が見たものや、今回の新宿での騒乱の根源について、この大男が何かしらを知っているに違いないという感覚は拭い去れなかった。いや、根源そのものの一つであるとも思っていた。
 治美の話を聞いたトルソは、多々良と同様に険しい表情をし、傍に置いた剣の入った革の長袋を片手でさすりつつ、眉間に皺を浮かべて呟いた。
「子供の陰の心を集めていた、か。そんなに猶予はなさそうだ」
 そこで多々良はトルソに詰め寄り、新宿の騒動と治美の体験がどう繋がっているのかを聞き質した。それに対して、トルソは黒きものが如何なるものかを、タナトスやセンチュリオンが何なのかは触れずに、簡潔に話して聞かせたのだった。併せて、現世と来世とが人の心で繋がっているという、多々良や治美からすれば、ファンタジーとしか捉えられない話も聞かせた。
 その話に対して多々良は「ごめんだ」と答えたのであった。
「それじゃあ、生きている連中は何時までも、何時まで経っても死んだ連中に縛られているってことになるじゃないか」
 トルソは言った。
「そうではない。大切なことは心の持ち方なのだ。決して、死した個人に対して未練を持ち続けることが大事だなんてことではない」
「好きだの嫌いだの、そんなものは生きてる死んでるに関わらず、別れた相手に対してはきっぱりと忘れちまわなきゃあならんだろ? でなきゃ、何時までも前に進めやしない。そうやって、新しい出会いを迎えるのが本筋ってもんだ」
 治美が口を開いた。
「今はそんなことどうだっていいじゃない!」
 多々良は鼻から息を漏らすと、コーヒーのカップを口に運んだ。
「とにかく、正直言って、あんたの言ったことは俺には到底信じ難い話だ。だが、そうは言っても、変なものをあの場所で俺も見た。今言うことが出来るのは……全く以ってわけがわからんってこと。それだけだ」 
 治美はおずおずとトルソを見つめた。目の前にいる長髪で顎髭を生やした、見た目五十代の大男がまさか、来世からやって来た者だとは信じられない。現にこの目で見え、テーブルを挟んで向かいの席の、固いシートにどっかと腰を下ろしているのだ。
「貴方……なんですか?」
 治美はゆっくりと言った。
「貴方が……その……あの時、私が襲われそうになっていた時に、大きな鳥に跨って飛んで来た人、なんですか?」
 幡田俊哉少年を見舞いに行った病院で遭遇した黒い異物。明らかに自分を追って来た異物。それに飛び掛られた時に出会った、甲冑を纏った三人の人物。その三人のうちの一人ではないか? 治美は確かめたくていられなかった。
「左様」
 トルソはゆっくりと答え、頷いた。
「ああ!」
 治美は両手で顔を覆った。忘れてしまいたい悪夢としか表現しようのない出来事。しかし現実は無慈悲にも治美を解放してはくれなかった。あの時の悪夢が再び起こり、異物は再び現れ、今度は街中の者を傷付け、命を奪うという大惨事を引き起こしたのだ。
「治美は……いや、こいつはまた狙われるってことか?」
 多々良は治美を心配げに見つつ訊いた。
「分からん。この女性の見た存在と、先程『畏怖』と名乗った存在とが同一のものかどうかは、私にも分からない。だが、どう言うわけだか彼女には見えてしまった。そして関わった。今後、その危険が全くないとは言い切れない」
 トルソは低い声で答えた。 
 トルソにとって、分からないことはそれだけではない。自身の身に何が起こったのか、把握し切れていなかったのだ。前回、この世界にある須藤のマンションに訪れた時、須藤の目に姿が映った、そして手を取り合ったとは言え、体は建物の壁をすり抜けていくことが出来た。物を動かすことにかなりの精神集中を必要とした。そもそも、壁をすり抜けるような体で、高層階にある須藤の部屋の床を踏みしめることにさえ、それなりの精神集中を必要としていたのだ。須藤を連れて出発した時、多くの通行人に姿を見られたとは言っても、自身の体に大きな変化は起こっていなかった。
 それがどうしたことか、今回は通行人と体がぶつかる、物の破片が体に当たる、扉を通るにも蹴破らなければ中に抜けられない。池に落ち体が水で濡れた。この世界の物質構成条件と、自身の肉体の構成とが著しく同化し始めているのだ。ただ、元々が思念体であるその肉体は、傷が付いても、一心に念じれば傷は癒えていった。根本までもが変化しているわけではなかった。だが、何かしらが妙だ。
 今こうして、この世界にある椅子に自分が腰を落ち着けていられるなんてことは、本来は不可能なのである。何の精神集中を必要ともせずに、椅子に座って背もたれに体を任せ、カップを持ち、コーヒーを口にすることが出来る。その苦味を味わうことさえ出来る。その理由が理解出来ずにいた。
 念は強ければ強いほど、その力は増し、更には実体をも手中にするということなのか。「畏怖」は現世の、新宿の街中に渦巻く多くの負の思念を取り入れ、甲冑を纏った姿にまで変化した。硬質の、構成物質こそ分からないが、明らかに一種の金属製の甲冑を手にするまでに至っていた。と言うことは、その「畏怖」と対峙し、それを何とかしなければならないという自分の思いが、自身の体にまで変化を起こさせたと言うことなのだろうか。
 思いは現実化する。まさか、こんな形で「現実化」するなど、トルソ自身も想像にしていなかった。
 多々良が口を開いた。
「で? これからどうしたらいい?」
 トルソはテーブルに向けていた視線を上げた。
「奴が、あの化け物がまた再び現れないって保証はないんだろう? こんな話、荒唐無稽過ぎて誰も信じやしない。警察だって、自衛隊だって動くものか。今回のことだって、上の連中がどう判断をして、どう指示を出してくるか、分かったもんじゃない」
「でも、あの黒いものはみんなが見たんでしょ?」
 治美が言った。
「だったら、何かしらの対策を立てようって動くんじゃないの?」
「対策? どうやって? 何に対してだ? 化け物だか幽霊だか分からないあんなものに対してか? まともな方策を打ち出せるわけがない。キャリア組なんてもんは皆、事勿れ主義だからな」
 多々良はそう言うと、右手で後頭部をさすった。
「それに、あんたはどうするんだ?」 
 多々良がトルソに訊く。
「パスポートもないんだろ? 身分を証明するものなんてありゃしない。行くところもなけりゃ、当てさえない。それで自由に動き回れるほど、ここは都合のいい所じゃない」
「分からない」
 トルソは小声で言った。珍しく弱気で不安げでもある。
「どうやって帰ればいいのかも分からない」
「あの世へか? はっ!」
 多々良は吐き捨てるような物言いで言った。
「じゃあ、公園で首でも吊るか? 死ねば帰れるかもよ」
「次朗! こんな時にふざけないで!」
 治美が今にも泣き出しそうな表情で言った。
「いや、あながち冗談でもないさ。少なくとも、今目の前にいるこの男が幽霊に見えるか? コーヒー飲めるんだぞ? 普通に喋っているし。これって、生きているってことじゃないのか?」
 多々良はトルソをまじまじと見ながら言った。それに対し、トルソは無言で応じた。
 治美が言った。
「この手のことに……詳しい人っていないかしら? 例えば……」
 この言葉に多々良はげんなりした表情で答える。
「例えば? 何処ぞの霊能者か? オカルト信望者か? 目の前のこのおっさんが実はあの世から落っこちて来た、だから元の世界に返して欲しいって頼むのか? そんなの、アメリカの映画じゃあるまいし……」
「救援を待つしかない」
 トルソは呟いた。
「救援だって?」
 多々良が訝しがるような口調で訊き返した。
「運が良ければの話だ。仲間が、私がここに来る直前の場所で、何かしらの空間歪曲の跡を見付け出してくれれば、だが」
「空間歪曲?」
 多々良が呆れたような声を上げた。
「そうだ。私はそうやってここに来た。そして帰ったのだ」
「須藤さんを……連れて?」
 治美が小声で言った。
「スドウ……ああ、そうだ。我が子をその手に取り返そうとする父親、カズキを連れて私は仲間と共に一度帰っているのだから」
「じゃあ……あの少年が行方不明になったのは……あの『畏怖』って化け物の仲間がやったことなのか?」
 多々良が身を乗り出して訊いた。
「間違いない。前回、私はそいつを追ってこの世界に来たのだ」
 トルソの答えに多々良は再び表情を険しくした。
「何てこった」
「子供達は……あの子達はどうなるの?」
 治美は顔を上げた。
「何人もの子達が今、意識不明の状態で……昏睡状態で伏せているんです。あの子達はどうなるんです?」
 治美の頭の中では、俊哉少年のことが思い返されていた。
「気の毒だが……」
 トルソは重々しく口を開く。
「あの者に心を抜かれるということは、言わば生存に必要な内臓器官を引き抜かれていると同義なのだ。心を閉ざしたというのなら、まだ何とかなることもある。だが、閉ざす心そのものを外部へと引き出されてしまっているとなれば……」
「じゃあ、じゃあ……もうどうにもならないってことなの?」
 治美の表情が再び崩れていく。
「心が再び再生されれば、希望がないこともない。だがその際は、これまでの記憶……外敵に対する恐れ、親や子供に向ける愛情など、動物として生存に必要な、本能としての記憶以外のものは消えてしまっているであろう。如何にして心が再生されるのかは、私にも想像が付かない」
 トルソはゆっくりとした口調で答えた。
「心の再生……」
 治美は呟いた。
「要は、心がもう一度生まれさえすれば、それは赤ん坊の頃と同じような状態になっているってことか?」
 多々良が訊き返す。
「そうとも言える。だが、それを成すには膨大なまでの愛情が必要であろう。必ず甦ると信じ続ける、可能性に賭け、一抹の希望を捨てずにいられるだけの忍耐も必要だ。そして、時間も」
 治美は考えた。幡田少年の親にそんな愛情を掛けることが出来るであろうか。被害に遭った子供達は皆施設にいた。健気に振舞ってはいても、親が与えるべきである愛情に飢えていた。捨てられたり、虐待を受けたりしていた子供達だ。そんな彼等にそれだけの愛情を以って接してくれる相手がいるのだろうか。親が本気で改心して、慈愛で以って子供達を迎えてくれるのであろうか。今の施設の職員に、いないとは言わないまでも、そこまで見返りのない愛情を捧げてくれる者がどれだけいるのであろうか。
「あの人は……今何やってんだろうな」
 多々良がぽつりと呟いた。
「須藤さん……大丈夫かしら」
 治美がそれに合わせて言った。
「大丈夫だと私は信じている」
 トルソは答えた。
「別れるべきでない相手とは別れちゃいけない。それが子供であろうと、好きな相手であろうと、その時が来るまでは離しちゃいけないからな」
 多々良はそう言うと、すっくと立ち上がった。
「行こう」
「何処へ?」
 治美が多々良を見上げて訊いた。
「あんたをこのまま放っておくわけにもいかん。取り敢えず、署に来てくれ。そいつは一旦預かる」
 多々良はトルソに言うと、剣の入った袋を手渡すように手を差し出した。
「あんたとも、今はここで離れるわけにゃいかなくってね」

   ※ ※ ※ ※ ※

 アラキノフスでの出来事は、空間近衛騎士団本部にも伝わっていた。グランシュは何が起こったのか、すぐに推察することが出来たのだが、トルソとの連絡が途絶えていることに危惧もしていた。
「グランシュ。トルソの行方は……まだ分からないのですか?」
 アフェクシアがゆっくりと声を掛けてくる。
「現在、学術院のクランスに当該地区の空間歪曲について調べさせています。黒色の異物が突然消えたとの目撃者からの報告からして、もしやとも思いますが、その可能性がないとも言えません」
「現世へ……トルソごと向かったと?」
 グランシュは黙礼で答えた。
「何と……」
「陛下。私もこれから高速艇で現地に向かいます。そこでクランスからの連絡を待ち、もしも向こうの世界へ落ちたとなれば、私が赴く所存です」
「グランシュ、お前がか?」
 アフェクシアはグランシュの顔をじっと見詰めながら訊いた。
「私はこれ以上、仲間を失うことには耐えられません。そして、今回の捜索命令を出したのも私です。私にはトルソを何が何でも助け出す責任がある。いや、責任がどうのという話では済みません。助けたいのです。是が非でも」
 そう言うと、グランシュは立ち上がった。謁見の間に、グランシュの纏う甲冑の各部が当たって醸す金属音が響く。
「少年の捜索は、アグゲリスから帰還するヴィクセンとポルトノイに引き継ぎます。プロウィコスとの連絡も付かないとのことなので、アラキノフスでの事態の収拾はシュナに任せます」
「グランシュ……」
「数々の不手際、誠に申し訳なく思っております、陛下。必ず、トルソと共にエリュシネに帰還して参ります」
 グランシュは兜を持ちながら、アフェクシアに深々と頭を下げると、謁見の間を出た。
 誰もいないその大部屋にて、玉座に座るアフェクシアは目を伏せ、消え入りそうな声で呟いた。
「必ず……必ず戻って来るのですよ」

「出発準備、整っております、総隊長殿」
 グリフィスの形を模した高速艇「アルバトロス」のブリッジにて、かつての「サンクトゥス・クラトール」の艦長であったペイトンが直立姿勢でグランシュを迎えた。
「うむ」
 グランシュは兜を自身の席の脇に置くと、号令を出した。
「アルバトロス、出せ!」
「はっ!」
 ペイトンが答えた。
 宮殿の裏の湖面から、鋭い機動音を立てながら、黒色の「アルバトロス」の機体は垂直浮上を開始した。周囲に水飛沫を撒き散らしながら、ゆっくりと機体は上昇していく。そして十分な高度を取ると、五基の推進エンジン全ての出力を最大にして、一気に更なる上空へと飛び去っていった。

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