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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第三十四章 それぞれの思惑 【前編】

 ←第三十三章 黒夢 →第三十五章 それぞれの思惑 【後編】
 でっぷりと太った体型がまるで下膨れの瓢箪を髣髴とさせる大男のプロウィコスは、ベッドで言うならクイーンサイズは余裕であるだろうと思わせる、特注の巨大カウチの上に寝そべらせていたその巨体をむっくりと起こした。先端がサザエの肝のようにくるくると巻いた、更に悪趣味極まりないカラーリングの靴に、むくんだ足を通す。しかし、むくみが靴の寸法を負かし、足が靴に入り切らない。踵の部分を潰した状態のままで、左右にある石造りのサイドテーブルに両手を掛けつつゆっくりと立ち上がったプロウィコスは、面倒臭げにため息を一つ吐くと、部屋の中央の床にしつらえた、丸い金属板に視線を移した。円形の金属板には、その中心に丸型の、そして弧に沿って幾つかの細長いスリットが数箇所開けられていて、それらから、板の中央から五十センチ程上方の一点に目掛けて淡い光を放った。
 光の中に一人の等身大の女性の姿が浮かぶ。ホログラフィーだ。
「これはこれは女王陛下。御拝謁させて頂きまして、誠に痛み入ります」
 プロウィコスはこれ見よがしとでも思えるような、わざとらしい会釈と共に言葉を発した。
 ホログラフィーとなっているアフェクシアは右手を軽く上げた。
「堅苦しい挨拶は要りません、プロウィコス」
「して、如何なされましたか? こんな辺境の自治区に陛下が直々に光発信を送られるとは?」
「プロウィコス、貴殿に頼みがあります」
 プロウィコスは、顔に付いた肉の合間に埋もれた小さな目を大きく開いた。
「はぁ、私めに陛下が『頼み』と? どのような御依頼でしょう?」
「……私、及び空間近衛騎士団は現在、二人の者を捜索しております。そのうちの一人が、貴殿の区域のすぐ傍に現れたらしき情報を得ました」
「捜索中……お尋ね者ですか?」
「いいえ。父親と一人息子です。そのうちの一人とは息子のほう、見慣れない服装をした、黒い髪に黒い瞳を持つ少年です。報告によれば、その少年の名はケイゴと言うそうです」
「少年……ケイゴ、ですか?」
「ええ。もしその少年を発見した際は、手厚く保護をして戴きたい」
「保護ですか……はぁ」
「ええ、保護です。その少年はここ王都エリュシネに連れてこねばならぬ大切な存在なのです。宜しいですか?」
「はぁ、まあ……それだけの情報ですと、発見出来るかどうか何とも言いかねますが、かしこまりました」
「それともう一つ。我が近衛騎士団から捜索隊が出ております。今は別件で任から離れていますが、彼等の貴殿区域内での捜索行動の許可を戴きたい」
「空間近衛騎士団を私の領域へ入れ、その少年の捜索を行うことを許可しろと?」
「ええ。勿論、ただでとは言いません。それなりの謝礼は致しましょう」
 アフェクシアは透き通ってはいるものの、淡々とした言い方でプロウィコスに語り掛けた。その物言いがプロウィコスには不満であった。
「ああ……それは……」
「嫌なのですか?」
「あ、あのですねえ、私め共の領域内にも警察みたいなものはありまして。当方では衛兵隊と呼んでおりますが、彼等のほうがここにおいては地の利がありましょう。彼等に捜索させましょう。わざわざ近衛騎士団の方々が来られなくても、それで十分かと」
 アフェクシアは目を細めて、プロウィコスの両目をじっと見つめた。
「いえ、やましいところとかそういったものは一切ございませんよ、陛下。ただ、今現在の国の状況を鑑(かんが)みましても、そのほうが宜しいかと思いますが……」
 アフェクシアはプロウィコスに向けた視線を微動だにさせないまま、
「プロウィコス、そなた……」
と一言放った。プロウィコスは額に汗をにじませ、それを両手で拭いながら、おどおどしたような口調で答えた。
「あ、いや、本当に、その、誠でございます! いくら私めがこの土地の自治を認めていただけていると申しましても、勿論それはこの王国が安泰であってのことですから。隣国との状況は私めも存じておりますが故……と言いましても、近衛騎士団の力を過小評価しているわけでは決して……」
「もうよい。分かりました。貴殿に任せます」
 アフェクシアは目を閉じ、再び開けると、
「ではくれぐれも宜しく頼みますよ」
と言い、足元から頭部へとホログラフィーとしての姿を消していった。
 アフェクシアの姿が消えた後の金属板を、むすっとした表情で睨みつけるプロウィコスは、
「全く……いけ好かない女だ」
と吐き捨てるように呟いた。だが、まもなくその口元がいやらしく歪んだ。口角を上げ、にんまりと笑うと、プロウィコスは再び巨大カウチにどっかと座り、踵の部分を踏み付けていた靴を放り出した。何処の子供だか知らないが、そのケイゴとかいう少年を手元に置けば、女王と何かしら有利な取引が出来るのではないか? そう邪推していたのである。
 プロウィコスはサイドテーブルに置かれていた杯を手にした。そこに入っていた、隣国アグゲリス産の果物メランジを発酵させた濁りワインを一気に飲み干すと、息子を呼び付けた。
「シネカス! おるか?」
「父上!」
 例の如くきいきいと耳に響く声で返答した息子のシネカスが、部屋に小走りで入ってきた。
「お前、衛兵隊を指揮しろ」
「何ですって?」
「黒い髪に黒い瞳、見慣れぬ服装をしたケイゴという名のガキをとっ捕まえて来い」
「誰です?」
「誰かなんぞ俺が知るか。背格好も知らなきゃ年齢も知らん。だが、まあいい。それっぽい身なりのガキを片っ端から捕まえて来い。そこで名前を訊き出せばいい」
「黒い髪に黒い瞳……ですか? 確かにこの辺じゃ見かけませんですね。だったら一目で分かりそうですね、父上。まあ、この僕が先頭に立てば、そんな子供如き即座に……」
「ぐだぐだ言わずにとっとと行け!」
 プロウィコスに怒鳴りつけられたシネカスは「ひっ!」と声を上げ、驚いて逃げ去る猫のように部屋を飛び出した。

   ※ ※ ※ ※ ※

 ベッドの上で目を覚ました啓吾はゆっくりと体を起こした。体を見てみると、初めて見る服装をさせられていることに気付いた。ローマ帝政時代に貴族が身に纏っていた一枚布の「トガ」とそっくりなのだが、そんなものを啓吾が知る筈もなく、腕を上げてその自分の着ている服をじろじろと見た。頭が少し痛む。ここは何処だろうか。内装こそ違えど、アイーダの家の一室と何処となく似通った部屋だ。啓吾の脳裏にアイーダの家で初めて目覚めた時の記憶が甦った。あの時あの夜。その恐ろしい記憶を忘れよう筈がない。啓吾はぎゅっと目を閉じ、両耳を手で塞いだ。自分を助けてくれた恩人の家が木っ端微塵に吹き飛び、恩人は消え、自分を乗せて空を飛んだグリフィスも無残な最期を遂げた。啓吾の小さな体が小刻みに震えてくる。
 気付くと「銀」がいない。一緒に凍えるような寒さの夜の草原を歩いて来たのだ。何処へ行ったのだろうか。
 啓吾は両足を床に下ろし、そこに立とうとしたが、足に力が入らず、床に尻餅を付いた。
 足音が聞こえてくる。部屋の扉をノックする音が続いて聞こえてきた。
「目が覚めた?」
 女性の声だ。アイーダの声と比べると、まだそんなに年のいった女性ではないらしい。啓吾はそう思い、体をこわばらせると、ベッドに背中をくっ付けた。
 扉が開くと、ふっくらとした容貌の優しげな女性が入ってきた。
「あらあら、まだ無理しては駄目よ。貴方、かなりの熱を出していたんですもの」
 ダフニはにっこりと笑い、啓吾のほうへ歩み寄ってきた。
「立てる?」
 ダフニは膝を曲げてしゃがみ、啓吾と目線を合わせて言った。
「手を貸したいのだけど、貴方、体の割りに凄く重くて。それに手がびりびりするから怖くって。あ、びりびりは最初だけだったんだけどさ」
 啓吾は「うん」と答えて、立ち上がりベッドに座り直した。
「私はダフニ。私の子供達が貴方を拾ってきたのよ。貴方、お名前は?」
 ダフニは優しく語り掛けてくる。
「啓吾」
「ケイゴ? ケイゴ……そうなの……外国から来たのかしら?」
 ダフニには聞き慣れない響きの名前だった。
「外国……分かんない。東京」
「トウキョウ? まあ、聞いたことがないわ。ごめんなさいね」
 そう言うとダフニは立ち上がり、
「さ、もう少し横になっていて。体が本調子になったら立って歩いても大丈夫よ。今何か温かいものを持ってくるわね。飲めるでしょ?」
 そう言ってダフニは啓吾に再び笑い掛けると、部屋を去っていった。
 啓吾はゆっくりとベッドの上に体を横たえ、柔らかい掛け布団を手繰り寄せた。甘い香りのする中で啓吾は再び眠りに付いた。

   ※ ※ ※ ※ ※

 茶色に近いオレンジ色の羽毛に覆われた一羽のグリフィスが、若緑色の空と白い雲の下を滑空していた。搭乗者の被る兜の中に仕込まれた赤色バイザーに、目的地への座標とその名称が表示される。

「135・85, AV., CRISTOMUS, DOMUS TORSORUM」

 座標位置一三五・八五、クリストムス通り、トルソ邸。その表示を確認したグランシュは、一気に下降を始めた。なだらかな丘の上、尖塔を持つ一軒の屋敷が見える。グランシュのグリフィス、「ラドリオ」はその玄関先にゆっくりと着地し、大きな翼を悠々と畳んだ。グランシュは地に降り立つと、屋敷の全体を右から左へと一度見回し、玄関へと歩いていった。
「隊長!」
 声のしたほうを向くと、トルソが庭の向こうに立っている。着ている服の袖をまくり、額に汗をにじませながら、斧を持ち薪を割っていたところだった。
「トルソ。元気そうだな」
 グランシュは微かに微笑んだ。元々が鉄片皮なところがある男なので、口角を僅かに上げて微笑むということさえ、端から見れば物珍しいことであった。
 トルソとグランシュは連れ立って屋敷の中へ入っていった。屋敷といっても、坪数にして約六百。店舗として考えれば、この広さは大したものではない。しかもこの辺一帯はあまり人家もなく、丘陵を平たく開墾した上に立つトルソの屋敷は、それでも一般の日本住宅と比べれば、庭にプール、テニスコートを造っても余裕の残る広さではある。但し、テニスコートもプールも屋敷には備え付けられておらず、代わりに野菜畑があった。トルソは仕事のない日は家で農業を行っていたのだった。そして屋敷の裏には森が続いている。その森の広さは約六千ヘクタール。全てがトルソの所有地であった。
「どうだ、畑の様子は?」
 グランシュが窓から見える畑に視線を向けながら言った。
「ええ、それがあまり芳しくはないです。別に病気になったりとか、土地を酷使したとかはないのですが、出来は例年よりかなり悪いです」
「そうか。市場でも農産物の価格が上がり出している。資源産出管理部の食糧部門が価格調整に乗り出しているが」
「ああ、全国的に不作気味だと話には聞いております」
 トルソは首に掛けていたタオルを取り、椅子の背に掛けた。グランシュに別の椅子を勧めた。
「隊長、今日は……」
 グランシュは庭に臨む窓からトルソへと視線を移し、勧められた椅子に「すまぬ」と一言返しつつ腰を下ろした。
「トルソよ。只今を以って貴様の謹慎を解く」
「隊長……!」
「ああ。もういい。軍規に沿っての処分ではあったが、貴様は自身を信じての行動だったのだろう? 私は貴様を信じている。よって、貴様の判断も私は信じている。だからもういい。窮屈な思いをさせたな」
 グランシュは穏やかな表情を浮かべて語り掛けた。トルソは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「トルソ。顔を上げよ。早速だが、貴様にやってもらいたいことがある」
「はい」
「貴様も座るがいい。ここは貴様の家ではないか」
 そう言いながらグランシュは、顔を上げたトルソの表情が輝いている様を見て、心に力強さがみなぎるような感じを覚えた。
「失礼致します」
 トルソは背にタオルの掛かった椅子に、その大柄な体を落ち着かせた。
「ヴィクセンとポルトノイからの情報でな、貴様の言っていた親子のうちの子供のほうが、国内にて現れたらしき痕跡を発見したとのことだ」
 トルソに驚きの表情が浮かんだ。
「何ですと? 少年のほうが、ですか?」
「そうだ。だがまだはっきりしたことは不明だ。場所はティキオスという集落だ」
「ティキオスといえば、白簾霊峰からそう遠くない位置にある村でありますか」
「そうだ。トルソよ、知っているか、アイーダ・ウェリタスという名前を?」
 グランシュは両目を閉じ、低い声で言った。
「ええ。私より二代前の近衛騎士団副隊長を務めていた女性騎士だった筈ですが……」
「今回、少年のいた痕跡がそのアイーダの家の跡で見付かったのだ」
「え……?」
 トルソは更に驚きを表情に浮かべた。
「だが……」
 グランシュは言葉を詰まらせた。トルソは、グランシュの言葉の中に、「アイーダの家の『跡』」という部分があったことに気付き、表情を曇らせた。
「隊長…」
「アイーダの家は『連中』の奇襲を受けたようだ。ティキオスの集落の中で、アイーダの家だけが、まさにフスの村での惨劇を髣髴とさせる状況になっていたとのことだ。アイーダは村で読み書きを教えていたらしい。そして、その少年を恐らくは家にかくまい、その際に読み書きを教えていたようなのだ」
 啓吾がこの世界での言語を分かる筈がない話し言葉に関しては、脳に直接意思が響くので、たとえ母語が違っていても意思の疎通は可能だ。だが書き言葉になると、擬似ラテン語で表記されているものを理解出来ようがない。書き言葉の理解の程度が、その者が中途転生者か、純粋なこの世界での出生者なのかを見極める一つの基準にもなっている。
 そこで、共に生活をしながら、アイーダは啓吾に簡単なものを教えていたのではないかと思う、グランシュはそう語った。
「廃墟となった家の床に、ケイゴ・スドーと書かれた紙片の切れ端があったとヴィクセンは言っていた。この名前、貴様が申していた現世の子供のものと同じだな?」
 トルソは胸騒ぎを感じつつも、落ち着きをなくさないよう深く息をしつつ、「間違いありません」と答えた。
 グランシュは続けた。
「そこには一羽の老いたグリフィスもいたというのだが、グリフィスの死骸はそこにはなかった。勿論、少年の遺体もそこにはなかった。アイーダは……恐らくその時に着ていたのであろうローブの一部と、黒く変色し、ぼろぼろになった剣とそれを握った手首のみが発見されている。そして、そこから五十ミルほど離れた地点で、アイーダのらしきグリフィスの死骸があったそうだ。貴様が最初に連中と遭遇した時、その際に乗っていたグリフィスが死んだ時と同じ状態だったらしい。明らかに異常な状態だった。それは貴様にも分かるな? 実際に貴様も……」
「はい」
 トルソは自分のグリフィスが王都に帰還後、ミイラのようになって死んだその様を思い出していた。
「もしかしたら、少年はそのグリフィスと共に逃げたのだが、連中に追い付かれたのやも知れぬ。だが、少年の生死はまだ不明だ。決め付けるのはまだ早い」
「隊長、では……」
「そうだ。トルソ、少年ケイゴの捜索の任に就くことを貴様に命ずる。だが、この任務には貴様単独で当たってもらいたい」
「単独任務ですか?」
 グランシュは眉をひそめて目を閉じた。
「他の者は全て、アグゲリスとの国境沿いに集結させている。今や一触即発と言ってもいい状況だ。だが、単独というのには他に理由がある……グリフィスの死骸が見付かった地点の傍には、自治領があるのだ」
「自治領……領主レクスス・プロウィコスの荘園領ですか?」
「そうだ。治外法権を傘に、我らが近衛騎士団の入領を頑なに拒んでいる。少年は、もしやその領土内に入ったかもしれぬ可能性があるのだ」
 領主プロウィコスは、現在本国であるレグヌム・プリンキピスとよりも、隣国であり、本国と緊張関係にあるアグゲリスと親密になりつつあった。ややもすれば、アグゲリス側に寝返る可能性さえゼロではないというのだ。
「私に単独で任に就けと言われるのは、プロウィコス領に侵入して捜索せよ、と言うわけなのですね」
 トルソは静かに言った。グランシュは目を開け、トルソの両目に視線を合わせた。互いの目が厳しさに満ちている。
「……やってくれるか?」
 グランシュは言った。トルソはゆっくりと息を吸い、そして吐いた。そして表情を柔らかくして静かに答えた。
「断る理由など何処にありましょうか。それは私が行ってこそ成し得る任でございましょう。私は父親からケイゴの写真を見せてもらっております。ケイゴの顔は私にしか分かりません」
「トルソ……頼む。少年を捜し出して保護し、この王都へ、陛下の元へ連れて来るのだ」
 トルソは椅子から立ち上がり、そのグランシュの言葉に力強く答えた。
「御意!」



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