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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二十四章 “HEART OF GOLD (孤独の旅路)”

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 須藤は見渡す限りの草原の真っ只中を歩いていた。倒れていた地点から約十メートルのところに持ち込んだデイパックが落ちていた。須藤はそれを拾い上げて背中に背負うと、何処に行けばいいのか宛てもないまま、須藤は歩き始めた。頭上を若緑色の空と白い雲が広大な広がりを見せており、目の前はどの方向を見渡しても、全方位から地平線が見渡せる。このような時は普通、あまり動き回らずに一ヶ所で待っているほうが遭難のリスクを減らせると言われている。だがここで「救助」が来るという気にはどうしてもなれなかった。よしんば来たとしても、須藤にはそれを待っているだけの十分な食糧がない。せいぜい、デイパックの中に入れてきたミネラルウォーターがペットボトル一本分しかない。待つも動くも、どちらにせよリスクがあるのなら、須藤は自ら行動を起こすことを選んだ。
 須藤は履いているジーンズのポケットに手を入れ、スマートフォンを取り出した。「圏外」の表示が出ている。そりゃそうだろうと思い、次にGPS機能で位置確認をしようと試みたが、それも結局は無駄だった。ふうと息を吐くと、スマートフォンをポケットに仕舞い込んだ。
 体中が痛い。体のあちこちに打撲傷があり、皮膚も所々色が変わっている。擦り傷も多かった。何処をどう流されてきたのかは全く覚えていない。ひょっとしたら、ここがあの三人のいた世界なのかもしれないという考えは持っていた。そうすると啓吾もこの世界の何処かにいる筈だ。自分はまだ何もしていない、何も始めていない、だから諦めるなんて出来ない、その思いが痛む体を動かす原動力の一つとなっていた。
 幸い、足首をくじいたり、脚が痛むということはなかったため、普通に歩行は出来る。須藤は、春先に啓吾と共に参加したキャンプ教室のことを思い返した。そこでインストラクターが話していた内容を思い出しつつ、自分が倒れていた地点から南の方角へと足を向けていた。ただ、何故南へ行くのかは須藤にも分からなかった。それは本当に直感に従っての行動だ。「南に行け」……そのような直感。その時付けていた腕時計の短針を頭上にある太陽に向けて、そこから方角を確かめて方向を確認する。太陽に向けた際、その方向と十二時との間の方角が南である、あの時のインストラクターは確かそう言っていた。須藤はアナログの腕時計をしていて良かったと、この時初めて思った。須藤の誕生日に妻の真弓香が買ってくれたものだ。
 その時ふと、真弓香のことを須藤は思い返した。あの三人の言っていたように、この世界が自分達の呼ぶ「あの世」だとするのなら、真弓香も何処かにいるのかもしれない。この時、真弓香に会いたい気持ちが起こったのは本当だが、今はそれよりも啓吾を探さなくてはならない。そのためにも先ずは「人」のいる場所に行かなくては、と考えを直した。
 しばらく歩いていると、目の前の草むらに色が変わって見える部分を見付けた。それは須藤の進行方向を真横に横切るような形で見える。獣道なのだろうか? それに近付いてみると、それは石が敷き詰められた道のようなものであった。その道の両脇に、若干高めに石が積まれている。その高さは三十センチ程度だろうか。石は細長い直方体に切り出したものを繋ぎ合わせたように積まれ、それが延々と続いている。道の中央は約二平米程度の大きさの平たい石を敷き詰めたもので、これも同様に東西に延々と続く。
 明らかにこれは「人工物」だ。須藤は少しほっとした。
 さて、どちらの方向へ行けばいいのだろう。

 ふと、石造りの道の東の方向に黒い点が見えた。それはこちらに近付いてくるようだ。須藤は道から下り、その黒い点をじっと見つめた。低い駆動音のような音が聞こえてくる。
 あれは列車か? 須藤はそう思い、背負っていたデイパックを下ろした。
 黒い点は重々しい汽笛を上げて向かってくる。その高さは三、四メートルはあるだろうか。蒼色で一面を覆った「機関車」だった。その見た目は、アメリカ合衆国で走行しているアムトラックをイメージさせる。だがその機関車や、後方に連結している客車には車輪がない。ホバークラフトやリニアモーターカーのように、石造りの路面から「浮き上がって」走行している。客車は二十数両にも及ぶもので、その乗降口には人が鈴なりになって溢れている。窓からは乗客が銘々に顔を外に向けており、その中の何人もが脇に立つ須藤に視線を送っている。彼等はぱっと見、色黒で目は大きく、黒い髪や男性の長い口髭が目立って映る。インドやパキスタン辺りで見られる人種と酷似していた。
 列車は元々がそれほど速度を上げての走行ではなかったのだが、それが速度を落とし始めていた。車輪がブレーキに挟み込まれて金属音を鳴らすのと異なり、機関車の駆動音以外は比較的、いやかなり静かに走行しており、せいぜい空気がひゅうと鳴る程度であった。列車はさほど音を立てるわけでもなく、ゆっくりと速度を落としながら、そして停車した。
 列車の前方、須藤の立つ位置から三両先の客車の乗降口から、濃紺の制服らしきものを纏った小柄な男が、
「悪い、ちょっと……おいおい、押すなって! 悪いけど、なぁ、すまんな」
と言いながら、鈴なりの乗客の合間から体を挟まれつつ外に出てきた。
「ふう」
 その男は上着を右手ではたきながら、須藤の傍へやって来た。
「やあ、元気かい?」
 男はにっこりと笑うと、須藤にそう声を掛けてきた。須藤はきょとんとした表情を浮かべながらも、
「あ、ああ。どうも」
と返した。男は手を腰に当てながら、須藤の出で立ちをしげしげと見つめながら言った。
「あんまりこの辺じゃ見かけねぇやつだなぁ。旅の途中かい?」
「あ、ああ。そうです。旅の途中」
「何処へ行くんだい? 乗るんだろ?」
「え? そう……乗せて貰えるんですか?」
「何だい? 乗るからここで待っていたんじゃないのか? 乗らないの? それとも一文無しか?」
 一文無し。それもそうだ。この辺で使っている「貨幣」「紙幣」「その他幣(?)」なんてものは持ち合わせていない。とりあえず財布を出して、一万円札を男に見せてみるものの、男はその紙幣に顔を近付けて、何気に須藤には想像が付いていた答えを返してきた。
「何だそりゃ? へえ、きれいな文様の紙だな。何て書いてあるんだか分からねぇが。お宅、外国人?」 
「そう、そうなんだ! この辺の者じゃない」
「どっから来たよ? 何にせよ、こんなだだっ広い草原を徒歩で歩いて来たのか? 無茶苦茶なやつだな」
 男は紙幣から視線を外すと、背筋を正して言った。
「この列車は西のラムジャプール行きさ。ここから一番近い街だが、それでも六百ミルの距離はある。歩いてじゃ無理だぞ」
 ラムジャプール。それは「この国」の西の辺境地帯で二番目に大きな地方都市だ。
「乗ってけ。金はいらねぇ。その様子じゃ請求しても大して持ってねえだろう。構わんよ」
「ああ、助かります! ありがとう!」
 とにかく、四方を地平線で囲まれたこの場所から抜け出せるのなら、これはまさに渡りに船だ。
「いいってことよ。困った時はお互いさんだ」
 男はこの列車の車掌の一人だった。男は右腕を大きく動かして須藤を招き入れた。しかし、車内に入るにはなかなか困難だった。とは言っても、都内のラッシュ時のJR線の混み具合に多少毛の生えたレベルだ。それに乗降口から車内へ入れば、そこはそれほど混み合っているわけでもなかった。
 須藤は鈴なりの乗客の間を掻き分けながら中へ入った。その際、周りの乗客達が妙な声を上げていたことに気付いた。
「うわっ! 痛ぇっ! 何だこりゃ?」
「あちゃちゃちゃちゃっ! お前、何でこんなにビリビリしてるんだ?」
「おおっ……静電気?」
 自分と触れた者からそれぞれにそのような声が上がった。何なのだろうか。静電気? 
 須藤にはまだ、アイーダが啓吾の体に触れた時と同じ感覚を、自分の周囲の者達に与えていることに気付いていなかった。だが、それぞれの者達が話す言葉が、自分の話す「日本語」と同じなのに、まるで吹き替えされた外国映画でも見るかのように、言葉と口の動きとが一致しないという妙な現象には須藤も気付いていた。

 列車は再び汽笛を鳴らし、静かに動き始めた。客車の中は二段ベッドが座席として据え付けられた内装になっている。一昔前によく見られた寝台車のB寝台開放タイプにそっくりだ。ただ、カーテンのようなものは取り付けられておらず、上段と下段にそれぞれ人が座ったり、寝転がって通路側に足を投げ出したりしている。窓はその殆どが開けられた状態で、そこから心地いい風が吹き込んでいた。
 乗客は大判の布を体に巻き着けたような出で立ちをしている者もあれば、スラックスに開襟シャツ一枚の者もいる。女性は頭に華美な色のストールを被っており、銘々が会話をしたり、果物の皮を剥いていたり、丸型の金属製の容器を四つほど重ねた弁当箱のような容器をベッド上で広げて食事をする家族らしき数人もいる。インドのシタールか、はたまたロシアのバラライカのような弦楽器を鳴らして歌っている者もいる。須藤の乗っている車両の隣では、やはりけれんの濃い服装をした女性が通路の真ん中で踊っている姿が見える。両手に小さなカスタネットのような金属製の楽器を小刻みに鳴らしながら、首をあっちへ傾げ、こっちへ傾げと動かして、爪先立ちをしながら時折小さく跳ね、そしてターンをしている。その周りでは男達が、踊り子の鳴らすしゃかしゃかという金属音に合わせ、手を叩きながら拍子を取っている。
「ねえ、あんた」
 女性の声が聞こえた。
「そこのあんたよ、袋背負ってる色白の」
 自分のことなのかと思い、須藤は声のしたほうを向いた。ベッド席の下段に腰を下ろしていた太目の女性が、
「ほら」
と言って、須藤に何かを投げて寄越した。須藤が受け取ってみると、それは黄色い何かの果実だった。
「食べな。美味いよ」
 女性は笑って言った。黄色いストールが鮮やかな、黒髪で瞳の大きい、見た目齢四十代後半頃の丸々とした女性だった。横で二人の子供がきゃっきゃっと声を上げながら、互いにじゃれ合っている。
「ありがとうございます」
 須藤は礼を言うと、その果実の香りを嗅いだ。甘さと酸味の入り混じったような芳香がしている。皮は柔らかそうだ。そのまま一口噛り付いてみた。美味い。実に美味い。
「それ、メランジって言うんだよ。あたしの故郷の名産なんだ」
「そうなんですか。貴女の故郷ってここから遠いんですか?」
「まあね。親戚の家へ行くところさ。この子らを連れてね。ギシュドバードだよ」
「ギシュドバード……」
「そう。避難命令が出ちゃったからね。公国防衛隊が国境に集まってんだ。何をやらかそうって言うんだか」
「え? それって……戦争ですか?」
「センソウ? 何だいそれ?」
 その返事を聞き、妙な気分を須藤は感じた。「戦争」を知らない? まさか。この女性は冗談めいて言っているんだな、と思うようにした。
 その太目の女性は続けて言った。
「防衛隊って、元々は悪い獣から人を守るためにってことで、お祭りで出てくるようなもんなんだけどね。まさか隣の国のことをその『獣』に見立てて、派手なお祭りでもおっ始めるっていう気なのか何なのか……」
 何となくだが、この人は戦争っていうものを本気で知らないのではないかと須藤は思い始めていた。だとすれば、ここは平和な場所なのだろうと思った。
「おなかすいたぁ!」
 女性の脇で遊んでいた二人の子供が声を上げた。
「ああ、そうだね、もうお昼じゃないか。あんた、ごめんよ。この子らに食べさせなきゃ」
 女性は人懐っこい笑顔を浮かべて言った。
「ああ、いえ。こちらこそご馳走様です」
 須藤はメランジを持ちながら、乗降口のほうに視線を向けた。すると、何人かの男達が荷物を肩に掛けて、列車から飛び降りる光景が映った。低速走行ではあるが、飛び降りた者達は崩した体勢を立て直して、草原の中に通じる一本道を歩いていった。見ると、彼等の進行方向に何軒かの家が建っている光景が見える。
 多少空いた乗降口のほうへ行くと、その壁に須藤はもたれかかり、縦長の手摺りを掴みながら、眼前を流れる景色を見つめた。
 啓吾が何処にいるのか見当が付かないが、とにかくは人の集まる場所へ赴いて訊いてみるしかない。彼等からすれば、自分は見慣れない姿をしているようだ。肌の色も顔付きも異なる。となると、啓吾の姿をもし見掛けた者がいれば、きっと同じ印象を持つに違いない。それはそれで一つの手掛かりになるだろう。とにかくは訊いて回らなければ。
 須藤は、何気に背負っていたデイパックを下ろして中を覗いた。脇のポケットにiPodが入っていた。おもむろにそれを取り出すと、イヤホンを耳に入れる。
 学生時代に聴いていた懐かしい一曲が入っている。ニール・ヤングの歌だ。
 列車が左右に静かに揺れ、それに同調するかのように、須藤の髪も乾いた風に揺れる。目の前の地平線は変わらないまま、何処までも続いている。隣の車両で男達が打ち続けている手拍子が止み、拍手と喝采が聞こえてくる。
 この旅は啓吾を探す旅でもあり、そして親としてのこれまでの自分を見つめ直すだけでなく、須藤一樹なる人物自身を見詰め直す旅でもあるのだろうか。ふとそんな気分になった。


I want to live, I want to give
I've been a miner for a heart of gold.
It's these expressions I never give
That keeps me searching
for a heart of gold
And I'm getting old.
Keeps me searching for a heart of gold
And I'm getting old.

I've been to Hollywood,
I've been to Redwood
I crossed the ocean for a heart of gold
I've been in my mind, it's such a fine line
That keeps me searching
for a heart of gold
And I'm getting old.
Keeps me searching for a heart of gold
And I'm getting old.

Keep me searching for a heart of gold
You keep me searching and I'm growin' old.
Keep me searching for a heart of gold
I've been a miner for a heart of gold.


俺は生きたい、そして俺は与えたい
俺は黄金の心を掘り続ける鉱夫
決して口に出すことのないこうした思いのために
俺は黄金の心を探し続ける。そして歳をとっていくんだ
俺は黄金の心を探し求める。そして歳を重ねていくんだ

ハリウッドに行った、レッドウッドにも行った
黄金の心を探して大海も渡った
自分の内にあるものを探し続けている。それは今にも切れそうなか細い一本の線
そのために俺は黄金の心を探し続ける。そして歳をとっていくんだ
俺は黄金の心を探し求める。そして歳を重ねていくんだ

自分の内にある純粋な心を探し続ける
お前は俺に黄金の心を探し続けさせる
そして俺は歳を重ねていくんだ

俺は純粋な黄金の心を掘り続ける鉱夫


『レッドウッド… カリフォルニア州レッドウッド国立・州立公園(Redwood National and State Parks)のこと』

(Neil Young: HEART OF GOLD)


 列車は様々な人々の思いを乗せ、その長い道程をラムジャプールへ向けて走り続ける。
 汽笛が鳴る。


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