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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二十一章 出立 【前編】

 ←第二十章 幻想的邂逅 →第二十二章 出立 【後編】
「意思の強さだろう」
 近衛騎士団の三人は都内にある高層ビルの屋上に立ち、眼下に広がる市街を見詰めていた。トルソは自分のグリフィスの首に巻いてある革の袋から細長い水筒を取り出すと、中に入っている茶を一口ぐいと飲んだ。他の二人は携帯食を口にしている。干しベーコンのようなもので、塩味を強めに仕上げられている。その干し肉と硬めに焼き上げられたパンだ。質素な軽食をしながら、三人は自分達の世界とこの世界に下りてきた漆黒の思念体について話をしていたところだ。向こうではその思念体、「黒色の異物」と接触した者、物が消滅するのに、何故ここではそれがなく、人間の心や深層意識を強奪するに留まっているのか、ここでは自分達の剣が異物を両断しても何故消失しないのか、そうした疑問点が浮かんできていたのだ。
 そこで、トルソが出した答えが「意志の強さ」なのである。
「意志の強さ、ですか?」
 シュナが冷静な表情を何一つ崩さないまま返した。
「ああ、そうだ。あの時……グリフィスでの白兵戦体勢で襲われた時や、その後の乗艦『ヴンダバール』の撃墜。あの時の部隊員や乗組員は、言うなればまだひよっ子の新人ばかりだった。まだ肝っ玉も据わっていない。当然、実戦経験もない……それは我々も同じだが、とにかくまだ精神的に未熟な者達ばかりだった。彼等にとってはあの航海と調査が初任務だった。彼等の心の中では生き残る意思よりも、急襲に対しての恐怖が勝っていた。だからこそやられたのだと……私は思う。何にせよ、あれは……あれは最悪の出来事だった」
 トルソは背を若干屈め、都市の風景の遥か向こうに臨む富士山を見詰めていた。
「奴は人の心の弱さに容赦なく喰らい付く悪霊みたいなものだ。付け込まれたのだろう。そして、それを防げなかった、彼等を守れなかった私の罪は重い」
 ヴィクセンがいたたまれない表情を浮かべ、トルソのほうへ一歩踏み出ると
「副隊長殿……申し訳ありません。差し出がましいことを申します。ですが、あまりご自身をお責めにならないでください。あれは、さすがに相手が悪すぎます。私達も一度も交戦どころか出会ったことのない存在なのです。対処の仕様が不明でも仕方……」
「仕方ないでは済まないのだ。だが、私はそれを何時までも悔やんだままではいられない。何とかせねば、な」
 トルソは屈めていた背を伸ばした。身に着けている甲冑が節々で当たり、軽い金属音を立てた。
「ここの人間が消滅せず、心だけを奪い取られたのは、きっとその肉体の組成が我々と違うためかもしれん。だが、それも奴の力が更に強力なものになれば、それだって怪しくなるとは思うが」
「副隊長殿。あの男を引き入れようとされたのは、まさか……」
 トルソはふうと息を吐いて、シュナの指摘に端的に答えた。
「だが、たとえ肉体は無事でも、我々のように消滅させられなくても、その心を喰われれば一緒だ。ただの生ける屍となってしまう。あの者の持つ光に……あの光が我々にとって……」
「唯一の期待、とおっしゃるのですか?」
 シュナの表情は険しくなっていた。
「お言葉ですが、我々は何ですか? 何のために陛下直属の近衛部隊として編成されているのですか? 我々の力はまだ未知数です。意志の力で連中に打ち勝てるのなら、我々は決してそんな光を持つこの世界の訳もわからぬ男に劣るとは思えません」
「お前らしい意見だ、シュナ。若者の特権だな」
 トルソは視線をシュナに向けた。その若者の目には己のプライドを守らんとする眼光が宿り、ぎらりとする輝きを放っている。
「その自尊心がお前自身を追い込むようなことにならないことを、私は祈る」
 トルソは言い放った。

   ※ ※ ※ ※ ※

 牛込署の返答は目下捜査中の一点張りだった。昨夜の今だから、それも仕方のないことではある。だが、須藤は焦る心を抑え切れなかった。呼吸が速くなり、冷や汗が額に滲む。掌にも嫌な汗が滲んでいる。食事はおろか、水さえ喉を通らない。心の中には冷静になれという声が響いている。須藤は今、相反する感覚のジレンマでその身の置き場をなくしていた。
「分かりました。どうも」
 短く言葉を返すと、須藤が通話を切る前に、牛込署側のほうからいち早く電話を切って寄こした。須藤は自分のスマートフォンをテーブルの上に置いた。
 今、自分に出来ることは何か。それは待つことだけなのか。警察の初動捜査に先ずは信頼を置くことだけなのだろうか。それともチラシを作り、街頭で配ろうか。PCには先程作ろうとしていた、啓吾の行方を尋ねるチラシ用のフォーマットが画面に表示されたままだった。
 テーブルの上のスマートフォンが鳴った。着信番号を見る。丸山からだ。
「社長ですか? 丸山です」
「ああ、丸さん」
「今、社長宅の近くまで来ているんです。ちょいとお邪魔しますよ」
「え? 今?」
「私も今日はオフですから。ま、午後からちょっと社のほうに顔は出していきますけど」
 今日は勘弁して欲しいと断りを入れようとしたが、電話は一方的に切れた。丸山らしいと言えば丸山らしい。表裏のない性格の持ち主だ。だが今は、そのことを微笑ましく感じる心の余裕がなかった。昨夜は牛込署で簡略な事情徴集を受け、その帰り道で丸山に今日は済まないとメールをしたままだった。
 ふと、須藤は昨日帰ってきたままの格好だったことに気が付いた。着替えたり、シャワーを浴びるという精神状態ではなかったのも当然のことだ。「まぁ、いいか」と思い、洗面所に赴くと顔を冷水で洗った。冷水とは言っても、七月中旬から末にかけての時期のことだ。水に居心地の悪い生ぬるさを感じないわけにはいかない。
 
 丸山はコンビニの袋を手に提げ、中から表面に水滴をびっしりとつけたミネラルウォーターのペットボトルとキャビンのブルーボックスを取り出した。丸山の着ている紫色のポロシャツは既に汗で背中と腋、胸の辺りの色が濃くなっており、額や顔には汗が流れていた。午前中とはいえ、巨体には優しくない季節だ。
「さすがにビールを、って雰囲気でもないですからね」
 丸山は大声、と言うよりは些かどすの利いた声で笑えない冗談を言うと、温和な表情を須藤に向けた。だがその表情は間もなく曇った。
「ありがとう」
 須藤は低い声で礼を言った。 
 二人はダイニングカウンターのそばに置かれた小さな丸テーブルの際にあった高脚の丸椅子に腰を下ろすと、二人揃って煙草に火を点けた。昨日の朝、ここで須藤と啓吾はいつものように朝食をとる筈だった。だが、それは叶わなかった。

「僕、嘘付いてない!」
「知らない! もう知らない!」

 初めての啓吾の自分への怒りと非難の声。その声が今も耳に、そして脳裏に焼き付いている。
 須藤の目から再び涙が流れた。押し殺していた声が徐々にその大きさを増していった。
「何でこんなことに……」
 丸山は黙って須藤を見つめていた。
「……七海から聞きました。けいちゃんのこと」
 丸山はしばらくして口をゆっくり開いた。
「決して同情や慰めで言うんじゃないです。ですが、社長は悪くない。と言うより、他にどうすべきだったかなんて、そんなの誰にも分からない。親だって、迷い悩みながら子供と接していくんです。そうして子供に成長させて貰うんです。親としての自分自身を、ね」
 須藤は顔を上げ、丸山の顔に視線を向けると、
「いいよ。何も言わなくて……」
と小さく呟いた。
「何にしたって、こんな形で結果が現れた。自分が……未熟なだけです。一人で空回りして、良き父、良き親、良き理解者でいようとした。だけど、その答えがこんな形になった」
「社長もけいちゃんも一人じゃない。一人で空回りだなんて、そんなこと言うもんじゃない!」
 丸山が声のトーンを上げた。
「社長、私に言ったでしょう? 会社は家で、社員は家族だって。ならば、私にとっても、社員みんなにとっても、社長は我々の家族だ。けいちゃんも大事な我々の家族なんだ。何で一人であれもこれも抱え込んじゃうんですか? 私も、社員も、そしてウチの七海も、みんなけいちゃんのことが、そして心を痛めている社長のことが心配だ。当たり前だ、家族なんだから!」
 そう言うと、丸山は一つ大きく息を吸い込み、ふうとゆっくり吐き出した。
「失礼しました、社長」
 須藤は黙ったままテーブルの上に視線を移した。小さな灰皿に吸殻が既に小山のようにうず高く積まれている。昨夜からの吸殻だった。
「私は社長と出会った時、正直な話、会社の人間なんて所詮は利害だけでしか結び付いていないって思っていた。信じていた仲間がああも簡単にひっくり返っちまうんだ、何なんだこれは、って思いましたよ。そして、結局はそういうものなのかって失望もした。だが、そんな私を拾い上げてくれたのが社長、貴方だ。私は、去年の割当投資でトラブっていた時の話、忘れたことがない」

 第三者割当投資。これはラフに言えば、株券を作り、それを他者に購入してもらうことである。企業が外部から資金を調達する手段の一つで、第三者割当投資とは、ある特定の第三者に増資で作った株を購入してもらうことだ。ただ、これは会社にとっては結構な話ではあっても、株主からするとメリットと共にデメリットもある代物だ。
 昨年の春、須藤の会社は自身の会社が得意とする物件分野にて、ある一企業に第三者割当投資として一千万で引き受けてもらえる話があった。その際、相手方の企業から丸山は上場の準備に入った際、役員としての素質に疑問点があるとして、スタッフから外すようにという要求を出資者の一人から言われたという経緯があったのだ。
 その時、須藤は出資の申し出を即答で断った。
 周りからすれば、須藤のその時の選択は青臭いだの、甘いだのと言う意見が出てくるかもしれない。だが、須藤は金よりも仲間を選んだ。仲間を守った。
 こうした場面では却って、何が最も大事なことなのか、最も大切なものが何かを学べる機会でもある。
 丸山はこの須藤の選択を「何故?」と追求した。自分は須藤にとって足を引っ張る存在になってしまったのではないかと感じ、悔しさ、悲しさ、そして怒りをも感じていた。だが須藤は丸山の社内での立場を十分理解していた。数々の仕事を軌道に乗せ、スタッフを励まし力付け、仕事での相談で丸山が出来る範囲のことはどんなことでも乗ってきた(後で須藤に報告はしていたが、丸山の判断を台無しにするような言動は一切とっていなかった)。だが当時の丸山にはまだ、心の何処かではスタッフを信じ切られない、信じることに恐れを抱いている潜在意識があった。その丸山を大事な仲間と信じ、その仲間を守ることが須藤の信条であった。須藤はその時の丸山にこう言った。
「まだ見ぬ契約、まだ会わぬ出資者、それはまた次の機会でもいい。チャンスはまた掴みます。でも、丸さん。貴方の代わりはいない」
 丸山は泣いた。腹の底から泣いた。そして、笑った。

「そんな社長を私も、スタッフのみんなも信じてます。そんな貴方の苦しみは私達の苦しみでもあるんです。放っておけるものか」
 丸山は表情を和らげた。
「私は……昔のやんちゃやっていた頃の記憶のせいか、あんまり警察にいい思い出がないもんで。我々も出来ることをやっていこうって話をみんなであれからしていたんです。今、社員達はけいちゃんの行きそうな所、それらしい場所をずっと回ってますよ」
「え……」
「あ、会社のほうにはクミちゃんがいますから。誰一人いなくなっちまうのもまずいから、電話の取次ぎで残ってもらってます。あと、今日すっぽかせないアポがある今野と佐々岡が残ってます。午後、クミちゃんの陣中見舞いをちょっとやってから、私もみんなと合流します。森も、今野も、佐々岡も、一段落が付いたら合流する予定です」
「丸さん……みんな……」
 丸山はにやりと笑った。にっこりという風に表現出来ないところが何とも丸山にとっては同情するところなのではあるが、普通に見ると、丸山の笑顔は「にっこり」ではなく「にやり」なのだ。
 だが、今の須藤にとっては何物にも変え難い、心強く、信頼出来る笑顔だった。
「ありがとう。本当にありがとう」
「社長、そんなに涙もろかったでしたっけ?」
「嬉しいんですよ。本当に嬉しい。そうやって思ってくれる仲間がいる、自分も啓吾も幸せ者だ」
「あったり前でしょう!」
 丸山はうな垂れた須藤の肩に手を伸ばし、ばんと力強く叩いた。正直、これは痛かった。だが何とも嬉しい力の入ったものだろう。自分に渇を入れてくれた丸山に感謝だ。
「だから、自分一人で抱え込まない。出来ることをやっていきましょう。うなだれている暇なんてないんだから。いいですね?」
 おおよそ、社長に向かって部下が言う言葉ではないのだが、家族同士であれば、仲間同士であればこその言葉であり、その裏には絆や敬意、互いに思いやる心がしっかりと詰まったものだった。丸山は「にやり」とした笑顔を満面に浮かべて言った。
 須藤の心の中に温かい灯火がともった。 

 須藤が向かっていたのは牛込署ではなかった。新宿署。多々良のいる署だった。
 電話を入れると、多々良は今日は署のほうに残っており、須藤が今から会いに行っていいかと問うと、では午後二時に新宿署で、との約束を取り付けることが出来たのだ。
「どうも」
 多々良はよれたスーツ姿で須藤の前に現れた。シャツの第一ボタンを外し、その襟からネクタイがまるで嫌々くっ付いているかのようにだらしない結ばれ方をされている。
「昨夜は失礼致しました。取り乱してしまいまして……」
「いや、あれが普通の反応ですよ。珍しいもんじゃない。気にされないでください。こちらへどうぞ」
 二人は奥の小部屋へ入っていった。殺風景な部屋。無味乾燥な机に椅子が二脚。何処かのテレビ番組にでも出てきそうな取調室だ。ただ、机の上には一台のPCが置かれている。
「どうしようかとは思ったんですけどね」
 多々良のほうから口を開いた。
「何を、ですか?」
 須藤は、多々良が浮かぬ表情を浮かべていることに気が付いた。
「私は今日は、多々良さんが今回の件で何をご存知なのかを聞かせて戴きたいと思って伺ったんです」
 須藤がそう言うと、多々良はそんな須藤の顔をまじまじと見ながら、
「私が、何を知っているのか、ですか」
と返事をした。この男、どうにも第一印象がよくない。須藤はこの多々良という男がどんな男なのか、実はいい加減なのか、実は行動派のスタンドプレイヤーなのか、何とも掴みかねていた。いい加減にせよ、スタンドプレイヤーにせよ、どちらにしてもあまり好印象とは考えられない内容ではある。
「知っているのは私よりも……」
 多々良は言い掛けて言葉を飲んだ。戸田治美のことを思い出したのだが、彼女の体験がこの子供の失踪か家出か分からない一件に、いや、多々良は家出ではないと思ってはいたが、それにしても治美の話は須藤に悪戯に混乱を与えるだけなのではという気がしたのだ。それは、これから須藤に見せようと考えている代物にしてもそうだ。
 だが、これはただの失踪ではない。情報を開示したところでどうにもならないようなことなのだ。ならば、父親であるこの須藤一樹という男から何かしらの情報が得られれば、と言う思いにもなっていた。
「え?」
 須藤は多々良の言い掛けて途中で止めた言葉が何なのか気になった。
「それは、これからご覧戴くものがあるので、それからにでも」
 須藤は多々良に勧められた椅子に腰を下ろした。
「これは、昨夜のあの体育館に取り付けられていた防犯カメラが捉えた映像です。今回の一件が常軌を逸したものである証拠です。牛込の連中が手を付ける前に、データをダウンロードしておきました」
 常軌を逸した? ふと昨夜のあの三人組を須藤は思い返していた。あの妙な甲冑姿の三人。ならば、既に常軌を逸したものを見てしまっているのだ。今更、という気分になった須藤は小さく頷いて答えた。
 多々良はスーツのポケットから外部メモリを取り出すと、PCに接続し、データを呼び出した。二人だけの室内で、物音のないところに多々良が叩くキーの乾いた音が響く。
 画像はあの日の体育教室の姿を映し出していた。跳び箱がその時の競技種目であったことは須藤も知っていた。その跳び箱の上で啓吾は消えたのだという。
 音声はなかったが、多少荒い画質の中で子供達が順番に跳び箱を跳んでいる姿が映し出されている。画面の上部では昨日の日付と時刻が秒単位で計測しているカウンター表示があり、数字は目まぐるしく動いていた。その中で、黄色いTシャツと赤の短パン姿の子供が挙手をして立ち上がった。
 その服装は啓吾のもので間違いなかった。
 須藤は自分の心臓が高鳴っていく感覚をしっかりと捉えていた。呼吸のペースが落ちていく。
 啓吾は一旦画像の左端に消えると、その左端から跳び箱へ向かって走ってきた。踏み切り板を踏み抜きジャンプしたその瞬間、須藤の目に異様なものが映った。
 床に敷かれたマットから真っ黒い何かが啓吾の跳躍方向と真逆に迫っていくと、啓吾をすっぽりと包み込んだ。それは時間にしてものの一、二秒足らずのことであった。
「あ……」
 須藤の口から言葉にならない声が漏れた。
 黒色の異物は雲のように跳び箱の上へ上っていくとすぐに消えた。煙草の煙が空中で四散するよりも早く、それは体育館の中を、須藤が見ている画像の中で瞬く間に消え去った。そこから続く画像は、驚き慌てふためく子供達と、おたおたとその場を往復しながら駆けている、牛込署に任意同行されていったあのインストラクターの若い男性の姿を映し出していた。
 多々良は同じ動画をリピートさせた。
 先程と全く同じであった。啓吾が黒い「何か」に包まれ、そのまま消え去っている。
 須藤の全身の力が抜けていった。奥二重の両目をこれでもかという位に開き、薄く開いた口は閉じることを忘れたかのように、ぽかんと開いたままだった。
「これは……新宿署として動いている案件ではありません。他の者は知らない。私自身もこんな荒唐無稽な出来事をどうやって処理すればいいのか、考えあぐねているところです」
 多々良は両手を腰に当て、顔を床のほうに向けるとふうと鼻から息を吐いた。
「この動画は牛込署のほうでも見ている筈です。ですが、これを世間にはおろか貴方にさえも公表はしないでしょうね」
「何故です?」
 須藤はノイズが走ったまま静止した画面から目を逸らさないままで訊いた。
「こんなもの、どうやって処理すればいいと思われますか? 警察はこんな説明も付かないようなものには触れないんです。この動画の信憑性を調べるくらいはするでしょう。ですが、この画像が何の手も加えられていないものだと判明したところで、お蔵入りになるのがおちですよ。一昔前の『Xファイル』じゃあるまいし」
 その言葉は須藤に力ずくで絶望感を押し付けた。
「……じゃあ、じゃあ多々良さんは何でこんなものを自分に……」
 絶望感と比例しての、どうにもならない怒りが込み上げてきた。
「啓吾を……諦めたほうがいいと言うんですか?」
 大きくはなかったものの、須藤の声は震えていた。
「今のは警察としては、の話です。ですが……」
 多々良はゆっくりと言い聞かせるように須藤に話し掛けた。
「程度の差はあれ、この息子さんの失踪事件や、これに関連するんじゃないかと思われる出来事に私も絡んでしまったんです。どうしたらいいのか分かりません。しかしこのまま放置はしておけない」
 多々良はもう一脚の椅子に腰を下ろし、須藤と視線の高さを合わせると、須藤の目を見ながら言った。
「何でもいいんです。何かご存知のことがあれば話して戴きたいんですよ。こんな何の手掛かりも取っ掛かりも見えない事件は初めてだ」
 何と言うことだ。この多々良という男も須藤同様、情報を求めていたのだ。それもそうだ。こんな滑稽で、かつ薄気味悪い出来事など前例は先ずないであろう。それについて情報を得られるのであれば、どんな所からでも収拾せざるを得ない。だが須藤は何も知らない。
「本当に自分は何も知らないんです。こちらこそ教えて戴きたい。多々良さんは何故あの時、妻がこの世にはいないなんてことを知っておられたんです?」
 多々良は須藤から視線をPCへと移し、検索画面から掲示板サイトを呼び出した。甲斐隆一がチェックしていた例のオカルト板である。
「読んでみてください」
 須藤の好みとは真っ向から反するオカルト話だ。最初から書き込みを読み下ろしていく。その中で「黒いもやもや」の表記が表れた。須藤は昨夜の三人のことをまたもや思い返していた。確か、空間近衛騎士団とか名乗っていたが……
「元々はある精神科医がここを訪れたことが発端でした」
 多々良は甲斐の訪問から聞かされた話、そして最初は躊躇したが、戸田治美という名の児童福祉司が目撃した出来事、二人で病院や出版社を訪れたこと、信濃町の病院で多々良宛てに掛かってきた電話、その後の「爆発騒ぎ」……多々良自身が知り得ることは全て須藤に話した。ただ、その「爆発騒ぎ」は専らテロを模倣した愉快犯の犯行ではないかと言うことになっており、これには多々良も今回の件との関連には懐疑的であった。当の治美自身はそうでもないのだが。
「……これが私の知っている全てです、須藤さん」
 須藤は立ち上がり、部屋の窓のほうへ歩み寄り、日光をその上半身で受け止めた。夏の日差しは強い筈なのに、そして部屋の中は弱冷房でそこまで涼しいわけでもないのに、薄ら寒いものを須藤は自身の身体に感じていた。
「話してくれてありがとう、多々良さん」
 須藤は自分の知らない所で、水面下で妙な出来事が連続して発生していたことに驚きを隠せなかった。しかし、そのことと啓吾がいなくなったこととの関連性が未だ見出せないでいた。何が起こっているのか、どうにも理解出来ない。いや、理解し難い。理解したくないというところが本音であろうか。 
「戸田治美さん……って言われましたね。その方にお会い出来ないでしょうか」
 須藤は多々良に訊いた。多々良はそれを断った。
「申し訳ない。あいつは……いや、治美は今、精神的に疲れ切っているんです。一人で抱え込んで悩んでいましたからね」
「お知り合いなんですか?」
 須藤がそう訊くと、多々良は若干の笑みを浮かべた。
「腐れ縁なんですよ、あいつと私は。一時、一緒に住んでいた仲でもありましてね」
 ああ、と須藤は答えた。
「治美の責任感は人一倍でしてね。その『黒いちんちくりん』に襲われたって言う少年のことをずっと気にしていたんです。自分が守らなくてはいけないのに、私はその子を突き放してしまった。私のせいだってずっと言ってまして。自分で何でも背負い込んでしまうやつです。一人で頑張り過ぎだ……」
 須藤はこの時、自分の多々良への印象が変わっていくのを感じていた。
 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
 そこにいたのは治美だった。


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