スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←第十八章 アイーダ  →第二十章 幻想的邂逅
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  • 【第十八章 アイーダ 】へ
  • 【第二十章 幻想的邂逅】へ
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第十九章 “NE REPUGNETIS”

 ←第十八章 アイーダ  →第二十章 幻想的邂逅
 満身創痍の「サンクトゥス・クラトール」が王都エリュシネに奇跡的に帰還出来たと言う知らせは、エリュシネ市民の間に瞬く間に広がった。帰還を喜ぶというよりも寧ろ、何が起こったのかという不安や恐怖の感情が勝っており、市民の心を動揺が占めるということも早々に拡大した。アフェクシア本人も艦が相当のダメージを受けたという知らせに焦る心を抑え切れずにいた。搭乗者は無事なのだろうか、派遣団は無事に目的地へと出立出来たのであろうか、そしてグランシュは……

 アフェクシアは自身の治める王国「レグヌム・プリンキピス王政連合首長国」に駐在している他国の大使や、王国に直接乗り込んできた諸王との謁見に疲れを見せ始めていた。彼等は今回のアフェクシアの強行策に対し、押し並べて遺憾の意を表したり、痛烈に非難をしたり、又は王国に対しての警戒態勢を採ると通告してくる者もいた。
 先程までは、先日の凱旋航海の相手であった隣国「アグゲリス公国」の統治者である大公アムリスからの電信に目を通していたところだった。
「レグヌム・プリンキピス。世界の中における第一の、主たる王国。そのように大国を自称し続ける貴女の国家は、何時から世界の警察に成り上がったのであろう。相互不干渉の鉄則を捻じ曲げてまで『軍隊』をかの世界へ派遣するなど、何時からそこまでの強権を発動出来るだけの自惚れ屋になられたのであろうか。他国と何も協議されたり意見の交換をされたりせず、そのような暴挙に出られるとはあってはならぬことだ。アグゲリスと貴女の国とは永年にわたり友好関係を築いてきた。その関係に変わりはないと私は信じたい。信じさせて戴きたい。しかし、このことだけはさすがに看過することは出来ない。私は貴女があのセンチュリオンの術中に堕ちたのではないかと懸念している」
 アグゲリスは「王政連合」に加盟している友好国だ。アフェクシアの王国を首長として、周辺の数カ国がこの連合に加盟参加している。これは主に互いの経済発展や文化交流を通して、更なる発展を共有しようとする「永年平和友好・安全保障条約」を締結し合った関係にあった。「安全保障」と言う部分は、我々の知る範囲だと、他国からの脅威に対し、互いに協力して立ち向かおうという性格を帯びたものだと解釈するところかもしれない。ところが、そうした行為が「概念」として存在していないこの世界では主に、何かしらの緊急事変がそれぞれの国内にて生じた場合、互いにその安全を守備、または回復推進させるという意味合いとなっている。
 だが、実はそれだけでなく、連合加盟国の首脳陣はセンチュリオンの存在とその脅威を、その程度の差こそあれど認めており、「有事」の際にはそれに対して相互協力して対峙すると言う別の意味合いをも含んでいるのだ。よって、アグゲリスの元首であるアムリス大公もセンチュリオンのことは情報としては知っているのである。
「……かもしれないわね」
 アフェクシアは肩を上げ、息を付くと同時にその肩を下ろした。センチュリオンの術中。センチュリオンは人の心のネガティブな要素をそのエネルギーとして動き出すとされている。人の心の中の不安、怒り、悲しみ、妬み、恨み、恐怖、背徳、その他まだまだあるであろうそのような感情が糧となっていると信じられており、太古の文献にもそのように記述されている。「術中に堕ちた」とは、そのセンチュリオンの策略謀略に掛かり、不安を心に広げ、周りの者からの不信を煽るような行動、今回の近衛騎士団の「現世」への派遣(もっとも、この世界の住人からすれば、今住む世界こそが「現世」であり、我々の住むこの世界を「来世」と呼ぶのであろうが)という思い切った行動に移ったのではないか、それこそセンチュリオンの思う壺ではないのか、という意味合いを大いに含んだ言葉であった。
 つまりは、この言葉はアフェクシアに対する痛烈な非難であるのだった。「サンクトゥス・クラトール」との交信で、あの惨事が襲い掛かったと言う知らせを耳にして気を揉みまくっていたこともあり、長年の相棒であった国家の元首からの非難文書を読み返しつつ、心を休めることが出来なくなっていた。大公とは早々に会見の場を設けなくては、そう思っていた矢先に、グランシュ達の生還の知らせが飛び込んできた。

 宮殿に併設されている港湾施設のある湖へ、破壊されながらも命からがら飛行してきた近衛騎士団部隊の旗艦は、半ば鼻面から突っ込むように湖に着水した。その着水で生じた波が岸にある施設や、水上に設けられている遊歩道を襲い、辺りを水浸しにした。木材や金属が猛烈な力を掛けられて捻じ切られるかのような音を立てつつ、「サンクトゥス・クラトール」はゆっくりと横転し、船底を半分ほど水面に露わにした。救助隊員が大慌てで走り回っている。白煙が宮殿の高さを越え、空高く立ち上っている。多くの掛け声や怒号が飛び交う。その光景をテラスで目にしたと同時にアフェクシアは走り出した。
 宮殿を出て、スカートの裾を手で持ち上げながら、波で濡れた道を港へ向かって走るところを、金色の鎧を纏った者が立ち塞がった。
「陛下、あの場は危険です! ここは我々にお任せください」
「……ポルトノイか?」
 アフェクシアの前に出た男は、近衛騎士団の一人であるポルトノイという男だった。
「現在、生還出来た乗組員を艦外へ誘導、救助しております。陛下は宮殿内にてお待ちください。何卒ご冷静に」
「私は冷静です!」
「陛下! ……お願い申し上げます。何卒中へ」
「……分かりました」
 ポルトノイは自身のグリフィスに跨ると、横転した自らの部隊の旗艦へと飛び去っていった。

「被害の程度は?」
 グランシュはゆっくりと訊いた。
「乗組員総員百二十八名のうち、生還及び救助出来た者、二十一名です」
「では、百七名が……」
「残念です、総隊長殿」
 グランシュは言葉を失っていた。空間近衛騎士団創立以来の惨事である。
「よくやってくれた。……感謝する」
 そう一言だけ発するのが精一杯だった。ポルトノイは敬礼をすると、グランシュのいる病室を去った。
 白いレースのカーテンが風に揺れている。開け放たれた窓からは湖が見えるが、そこにはもう「サンクトゥス・クラトール」の姿は見えなかった。湖の底へ姿を消した船体は、多くの破片を湖の水面や岸辺に残しただけであった。
 グランシュは窓辺に立ちすくみ、無言でその光景を眺めていた。ガントレットを外した両の手をぎゅっと握り締めていた。その力で、指の合い間から赤い血が滲み出ている。
「グランシュ」
 病室の扉の向こうから声が聞こえた。アフェクシアだ。
「陛下」
「入ります」
 アフェクシアはゆっくりと扉を開け、甲冑を外し、黒いギャンベゾン(鎧下)の姿で立っているグランシュを見やった。グランシュは風に揺れるウェーブの掛かった長めの髪を額や顔の正面に垂らしたままで、ゆっくりとアフェクシアのほうへ顔を向けた。
「よく無事に帰って来てくれました」
 グランシュはゆっくり、そして大きく頭(かぶり)を振った。
「多くの部下を……仲間を失いました」
 アフェクシアはその返事を聞き終わると、グランシュのほうへ歩み寄り、その胸にそっと右手を当てた。
「それでもお前は残った者達をここまで連れて帰って来た。生きて帰って来てくれたのです」
 そう言ってアフェクシアはグランシュの目を見た。彼の目は悲しげであった。仲間を失った悲しみと、それに対しあまりにも微力であった自身への怒り。グランシュの瞳にそうしたものが滲んでいたことをアフェクシアは見逃さなかった。この誇り高き、そして自らの任務に対し忠実で、だからこその責任感と、そして仲間への信頼と強き想いを背負う男は、今どれだけ心を痛めていることか。それを考えると、想像すると、アフェクシア自身の胸が暴力的なまでに締め付けられる。
 ふと、アフェクシアは視線を逸らすと、グランシュの胸に当てた自らの右手を下ろし、背中を向けて数歩歩いた。両手を組んで腹の傍に当てると、俯き加減でアフェクシアは再び口を開いた。
「とにかく今は休みなさい。いいですね」
「……全く……歯が立たなかったのです」
 アフェクシアの言葉を遮るかのようにグランシュが言葉を発した。辛さと屈辱とで歯を噛みしめ、その合い間からようやく発されたような苦しげな声だった。
「全く……何も出来ませんでした。まるで丸腰の赤ん坊をいたぶるかのような……連中のやり口は想像を超えておりました。私にはあれがセンチュリオンなのかどうか、正直分かりかねます。ですが、我々の常識ではあれには対抗出来ないのです」
「グランシュ……」
「諦めるつもりなど毛頭ありませぬが、一体どうすればよいのか、何とかして対抗手段を考えませぬと」
 アフェクシアはグランシュの手に気が付いた。そっとその手を取ると、掌に血を滲ませた傷と、その傷を作ったのであろう爪を見た。爪の先が赤く染まっている。爪を食い込ませての傷だ。アフェクシアは傍にあった白いタオルを手に巻こうとしたが、グランシュがその手を微かに震わせ、そっと引いた。
「陛下……」
 タオルを持ったアフェクシアの手が、そこにあった筈のグランシュの手を見失い、行き場を失ったかのようにゆっくりと下りていった。
「その傷、看護師に申し伝えておきます」
 アフェクシアはグランシュと視線を合わせないままで言った。
「陛下、私は……」
「もうよい。今は休みなさい。話はそれからです」
 アフェクシアは病室の扉の元へと寄ると、顔をそっとグランシュのほうへ向けた。真っ正面から見たわけではないので、視点の端に映る彼の姿を捉えただけであった。視線を床に落とし、まるで息を殺しているかのようなその姿を数秒ほど見ると、アフェクシアはそっと病室を出た。 

 謁見の間に入ったアフェクシアは側近を呼んだ。
「王立学術院院長クランスをここへ」
 クランスはトルソ率いる三名の監視団を現世へ派遣する今回の作戦において、その突入の際に入り口とする空間歪曲現象の発生パターンを計っていたチームの代表者であった。
 禿げ上がった頭頂部の両脇を白髪でかため、その揉み上げはそのまま顎鬚へと繋がっている、そのような容貌の小柄な老人であるクランスは、おずおずとアフェクシアの前に歩み出た。
「此度の作戦での貴公の活躍、御苦労でした」
「恐縮でございます、陛下。ですが私は安全な場所でただただデータを基に計算をしていただけでございます。グランシュ騎士団総隊長の御苦労と御活躍にはとても……」
「そのような言葉掛けは必要ない。早速ですが本題に入ります」
 アフェクシアは冷静な視線をクランスに送った。
「学術院の図書・記述書保管部にある、センチュリオンに関しての資料を全て調査、検索してもらいたい」
「センチュリオンの……記録ですか?」
「記録、伝承、神話、全ての範疇においてです」
 クランスは目を丸くした。
「しかし、それにはそれなりの時間と労力が必……」
「必要な労力はあるであろう? だが時間はそれほどあるわけではない。寧ろ危急である。センチュリオンが何者で、そしてどのようにして存在し得、そしてどのように抹消することが出来るのか、それに関わる全てを調べ出して貰いたいのです」
 クランスは「あ……」と声を漏らしたまま、その場で固まった。
「必要であれば、王族以外の閲覧を厳禁している封書を調べる許可も与えましょう」
「何と……禁書録に記載されている文献をも、ですか?」
「構いません。但し、その文献を調べる際には私自身もその場に立ち合わせてもらうが、それはよいな?」
 クランスは深々と頭を下げた。
「ええ、それは全く当方と致しましては異論ございません」
「では、早速始めてください。先ずは学術院の全資料からです」
「御意」
 クランスは小柄な体を深々と曲げ、その小さな頭を下げて会釈をすると、謁見の間を退室した。

 アフェクシアは玉座の横に置かれた小さなテーブルに視線を向けた。王族のみが閲覧出来るとされていた書物の一冊がそこに置かれている。昨日の夜から目を通していたものだ。
 この世界では基本的に書き言葉を現世において繁栄していたラテン語が用いられている。だが、現世にてラテン語そのものが様々な変遷の歴史を歩み、その構造を変化させていったのと同様に、ここで使われている言語も特殊な変化を遂げていた。強いて言えば、ラテン語に酷似した別種の言語と表現出来るかもしれない。ただ、話し言葉についてはまた別の現象が起こっている。それは後述に任せるとして、その「擬似ラテン語」で表記された書物を手にすると、アフェクシアは玉座から立ち上がり、栞を挟んだページを開いた。
 そこにある文章は、その世界での書き言葉としての共通語である「擬似ラテン語」とは、また若干の変形文法と綴りの異なる語彙にて書かれたものであった。王族のみが読解、筆記出来る言語であり、それが出来る者は王族以外では殆どおらず、王国学術院の中でも五名しか理解出来ない代物だ。
 栞を挟まれたページには、ある文章が書かれていた。それはアフェクシアの関心を否応がなしに引き付けているものだった。
 それはこう書かれていた。

「闇の神の僕たるセンチュリオンとは決して戦うこと勿(なか)れ。敗北避けたくば決して戦うこと勿れ」

NE REPUGNETIS. 「抵抗すること勿れ」


関連記事
スポンサーサイト


  • 【第十八章 アイーダ 】へ
  • 【第二十章 幻想的邂逅】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

~ Trackback ~

卜ラックバックURL


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

  • 【第十八章 アイーダ 】へ
  • 【第二十章 幻想的邂逅】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。