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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第十七章 遭遇

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「いなくなったってどういうこと?」
 須藤は心の焦りを抑えられなくなっていた。電話の向こうから聞こえてくる、啓吾の通う体操教室のインストラクターの言うことが理解出来ない。何を言っているのか全く分からない。
「すみません、本当に……いなくなっちゃったんです。俺だけじゃないんです、他のスタッフもそれを見て……」
「それを見たって何を見たの? 何? ウチの啓吾がいなくなったってどういうことだって訊いてるんですよ」
 要領の得ないインストラクターの若い男の声に苛付きを覚える。声が荒くなってくる。
「俺だって分かんないんですよ! 目の前で消えちゃったんです!」
 電話の向こうの声が泣き声に変わり始めていた。
 消えた? この男は何を言っているのだ。啓吾に何をした?
「本当にき、き、消えちゃったんです、啓吾君……と、跳び箱を飛んだと思ったら、そのまま……そのまま……」
「あんた何を言っているんだ! 啓吾に何をした?」
 人一人が目の前で消えた? そんな馬鹿なことがあるものか。この男性は啓吾に対して、何かしらの不祥事を起こしたとしか思えない。
「何もしてませんよ……警察にも連絡しました。本当に煙みたいに消えちゃったんです! 俺や他の子供達、他のスタッフも見ている前で消えちゃったんですよ! 俺、俺何もしてません! 周りを探してみましたけど、何処にもいないんです……消えたからいる筈がないんですよ!」
 そう相手は叫ぶと黙りこくった。嗚咽する様子が携帯電話を通して聞こえてくる。
「泣いたってどうにもならんだろう? とにかく、今すぐそっちに行きますから!」 
 電話を切ると須藤は息を大きく吐き出した。
 本来なら須藤はこうも相手を圧倒するような話し方はしない。だがさすがに我が子のことになると、それも「消えた」などという理解不能なことを唐突に言われれば、相手の立場や感情を考慮して言葉を選ぶようなことなど不可能である。
「社長?」
 丸山が曇った表情を向けてきた。
 時計の針は午後五時半を回ったところだ。須藤は神保町の支店で、リノベーション物件の一つである品川のマンションの資料に目を通していたところだった。その際に須藤の携帯電話が鳴り、着信番号を見てみると、啓吾が通っている体操教室の番号が表示されていた。出てみると、声を上ずらせた件(くだん)の若い男性インストラクターが出たのだ。そこで実に言い辛そうな言い方で、啓吾が「消えた」という話を始めたのであった。
「丸さん……」
「けいちゃんに何かあったんですか?」
「啓吾がいなくなったらしい」
「いなくなった?」
 丸山の大きな声が事務所内に響く。他にいた若いスタッフ二名が須藤のほうに視線を向けた。
「え? 社長、それって……」
「啓吾君、いなくなったって何なんですか?」
 スタッフは口々に須藤に問うた。だが事の詳細など今の須藤に分かる筈もない。
「よく分からないんだ。警察には通報したと言っていたが……」
 椅子に座ってPCの画面を睨んでいた丸山はすっくと立ち上がった。そして背広を右手に掴んでほぼ同じタイミングで立ち上がった須藤に、
「こっちは大丈夫ですから」
と低く力強い声で言った。
「済まない、丸さん……みんな!」
 須藤は一人一人の顔に視線を向けると、急ぎ足で事務所の扉を開けて外に出た。

「何だ、何故お前がここにいるんだ?」
 牛込署の刑事課の男が多々良を睨み、低い声で牽制するように言った。
「新宿署の生活安全課のヤツが何しに来た?」
 多々良は右手の人差し指の先で耳の傍を掻いていた。
「いや、何て言いますか……ねえ?」
 牛込署員は飄々とした風貌の多々良の顔をじろりと見つめ直し、不機嫌そうな声で言った。
「これはお前がどうこうするようなケースじゃない。下がっててくれねえか?」
「まあまあ、そうしゃっちょこばらずに。別におたくの所轄で何かをやらかそうって気はないですからご安心を」
 多々良はうっすらと笑顔を浮かべながらも、そのきっとした視線を自分を藪睨みにしている牛込署の男に向けたままで答えた。
「それに、現場前の巡査、すぐに入れてくれたことですし」
「は? あの馬鹿……」
 男は悪態を付いた。 
 信濃町での一件の後、落ち着きを取り戻した(かに映る)治美を高田馬場にある自宅へと送っていった帰りのことだった。パトカーが止まっているこの建物の前で足を止めた多々良は、その管轄違いの多々良をすんなり通した件の巡査が、そこで勤める女性と話をしているところを立ち聞きしたのだった。
「で、その男の子が? 目の前で煙のように消えたって、それ本気でおっしゃってるんですか?」
 ジャージ姿の女性、恐らく二十代だろうか、その彼女は些かヒステリックになり、巡査に掴み掛かるような大声で話していた。
「こんな嘘付くわけないでしょう? 嘘ならもっとまともな嘘付きます! 本当なんですよ! 私もリエも、電話した彼もそれを見たんです! 他の子供達もそれを柄の前で見て、泣き出した子だっているんですよ!」
 リエと呼ばれたもう一人の女性が、俯き加減のままひたすら頷いていた。
「ええ……困ったな。で、何か他に変わったことはありました?」
 やれやれと言わんばかりに巡査がそう質問した。
「あ、そう言えば、リエも見たでしょ? あの黒い煙」
 巡査に吠え付いた女性がリエの顔を見ながら言うと、リエは俯かせていた顔を上げて、私も見たと答えた。
「黒い煙?」
「ああ、もしかしたらあれじゃない? 例のサイトで書かれてるあの『黒いもやもや』っての?」
 こっそりと話を聞いていた多々良の眉間がぴくりと動いた。多々良は女性と巡査三人の脇に歩み出ると、巡査に警察の識別章をちらりと見せた。
「お疲れさん」
 多々良はそう巡査に声を掛け、二人の女性に向き直った。当の巡査は、お疲れ様ですと威勢のいい声で答えて敬礼した。
「ごめん、その話詳しく聞かせてくれない?」
 多々良は、彼女達の見た「黒いもやもや」について訊いた。それは自分がこれまで耳にしてきた話に出てくるものと、十中八九同じものであろうと多々良は確信を得ていた。治美の叫び声と共に携帯電話から聞こえてきた獣のような咆哮。そして原因不明の信濃町での「爆発」騒ぎ。頭の中が混乱してきた多々良は、男の子が「消えた」とされる現場の体操教室が開かれていたジムへと入っていき、そこで牛込署の男と鉢合わせになったのだ。
「ちょっと気になる案件がありましてね」
 多々良はそう男に告げると、体育館の壁際にその身を寄せた。
「邪魔はしませんから。どうぞどうぞ」
「舐めてんのか、お前」
 男はそう吐き捨てるように言うと、通報してきた男性インストラクターのほうへ歩いていった。
「ちょっと! 待って、待ってください!」
 多々良を先程中へと通した巡査の声がしたかと思うと、一人の男が血相を変えて飛び込んで来た。
 須藤だった。
「啓吾は? 啓吾は何処です?」
 須藤は目の前に集まっていた者達に向かって慌てた口調で言った。
「貴方は?」
 牛込署の男が須藤のほうへ歩み寄った。
「須藤啓吾の父です」
「須藤啓吾? ああ、例の『消えた』って男の子の?」
 須藤の表情には明らかに焦りがくっきりと浮かんでいた。須藤は目の前の者達に視線を走らせると、悲嘆にくれた表情をしているジャージ姿の若い男の姿を捉えた。
「君か、自分に連絡をしてきたのは?」
 須藤は電話連絡を入れてきたそのインストラクターの元に歩み寄ると、その肩を手で鷲掴みにした。
「啓吾に何があった? 子供を預けている以上、目の前で見ている君達には責任があるんじゃないのか? それとも何だ、何処かへ連れ去ってったのか?」
 須藤の険しい表情と捲くし立てる言葉で、インストラクターはしばらく何も言えずに、肩を揺すられると共にその全身をも揺らせていたが、須藤の両手を手荒く払い除け、
「俺は知らないって言ってるでしょ? あんなの、どうやって止めろって言うんだよ? マジで目の前で消えちまったんだよ! 何かをやる暇なんてなかった! 一瞬のことだったんだ! 俺だって何が何だかわけわかんねぇんだよ!」
とヒステリックに怒鳴り返した。
「君は……!」
 須藤の目がすわった。それを見ていた牛込署の男が間に入った。
「ちょっと二人とも落ち着きなさい! ここでいがみ合ったって何にもならんでしょう? ちょっと、君は一緒に署まで来てもらうよ。話を詳しく聞かせて貰いたいから」
 インストラクターは再び泣きそうな表情になり、本当に何も分からない、今話したこと以外は何も分からないと繰り返した。
「須藤さん」
 多々良が声を掛けてきた。
「おい、お前は関係ないって……」
 牛込署の男が声を上げたところを片手を上げて制すると、多々良は須藤に質問をした。
「息子さん……啓吾君って言いましたっけ? つかぬことをお訊きしますが、奥様、つまりは啓吾君のお母様、ひょっとして亡くなられているんじゃないですか?」
 須藤は唖然として多々良を見つめた。牛込署の男も多々良に対して怪訝な表情を向けた。
「お前、何を訊いて……」
「ちょっと、あんたは黙って。須藤さん、お答え戴けますか? 亡くなられていますよね?」
 須藤は黙って頷いた。何故この男が真弓香の死を知っていたのかが猛烈に疑問点となり、それが頭の中を席捲した。
「あ、貴方は?」
「ああ、申し訳ありません。そこのデカブツさんとは所轄が違うんですけどね。新宿署、生活安全課の多々良と言います」
 多々良はそう言って、須藤に識別章を見せた。デカブツ呼ばわりされた大柄のその牛込署員はむっとした表情を浮かべた。
「何故、貴方……自分の妻のことを知っているんだ?」
 須藤は訝しげな表情を浮かべて多々良を見据えた。
「いえ、奥様が亡くなられたことそのものは存じません。ただ、ちょっと別の一件を調べ始めたところでして」
「何なんだ、生活安全課? お前、何を知っている?」
 デカブツの男が多々良を再度睨み付けた。
「まだ何も分かっちゃいません。それも何処から手を付けたらいいのか……で、もう一つお訊きしますよ。貴方か息子さん、最近『妙なもの』をご覧になられてません?」
 須藤は不安と、いや不安と言うよりは恐怖に近いものであろうか、それが自身の心臓を跳ね上がらせる感覚を覚えた。
「妙なもの、と言うと?」
「例えば、黒い煙か霞みたいなものとか?」
 多々良の表情が険しくなっていた。普段ならこんな質問をされれば確かに妙な気分にもなるのであろうが、今の須藤にそんな心の余裕などない。
「いや……」
 須藤は短く答えた。
「本当に? それか、それ以外で何か変なものを見たとかは?」
「おい! 新宿署!」
「頼むから黙って! 須藤さん、何でもいいんです。お答え戴けませんか?」
 須藤は啓吾の最近の妙な変化や言動のことを話した。死んだ母親が会いに来たと言い始めていたことを。
「亡くなられた奥様……お母様が会いに来た、ですか……」
 この啓吾という少年の元でも、例の子供達と同様に「死んだ親が会いに来た」と言うのか。だが今回は発生した出来事が全く異なる。少年そのものが消え失せてしまった。そして「黒いもやもや」の目撃談。多々良はぞっとする感覚を抱いた。背中を悪寒が走る。こんなオカルトチックな事件は初めてだ。先程家へ送り届けた治美の言っていた言葉を思い出す。

「あの黒いものが追い掛けて来たの。またあれが出た。明らかに私を追い掛けて来た。そうしたら、そうしたら何かまた違うものが出て来て……次朗、私怖い。何か変なことに巻き込まれちゃったみたい」

 多々良自身もオカルトやホラーの類いは好きではない。だが、ここまでお膳立てが揃ってくると、嫌だとも言えなくなってくる。だが、こんなことを警察権力でどうこう出来るような一件なのだろうかという疑問が浮かんでくる。きっと、あの甲斐という医者も同じ気持ちだったのかもしれない。何処に話せばいいのか分からず、自分のところに来たのかもしれない。だがその話をまともに受け入れず、変な話をする男だと思っているうちに、その医者本人が妙な事態に巻き込まれてしまった。
 多々良は顔を下に向けると、頭を数回横に振った。
「何だよこれ……わけ分からねぇ……!」
 多々良は一人呟くと顔を上げ、
「もし何か新たに思い出したことがあれば、また教えてください。私は新宿署におりますので」
と静かに言い残すと、多々良は体育館の出口に向けて歩き出した。
 須藤は真っ白になった頭の中を整理出来ないまま、多々良の後姿を見詰めていた。

 須藤が神楽坂のマンションに帰ってきた頃には、時間は午前一時を回ろうとしていた。牛込署に赴いてこれまでの事情を話すと、啓吾の「失踪」は誘拐の可能性を残しつつも、取り敢えずは家出事件として捜査されることになった。家出。自分はそこまで啓吾を追い詰めてしまっていたのだろうか。そうだとすれば悔やんでも悔やみ切れない。小さな心で悩み、苦しみ、思いつめ、話したくても話し出せず、やるせない気持ちでいっぱいになっていたのであろう。それに気付いてやれなかった。
 車をマンションの駐車場に止め、エンジンを切った須藤は、ハンドルを握り締めたままで額をハンドルの上部分に押し当て、声を押し殺して泣いた。
「けいちゃん……ごめん。ごめんな……パパは、パパは……」
 涙が止まらない。押し殺していた声は徐々にその大きさを増し、ついに声を上げて須藤は一人で泣いた。
 考えが何もまとまらない。何も考えられない。啓吾は今何処で何をしているのだろう。お腹を空かせているのじゃないだろうか。寂しくて泣いていないだろうか。自分のことが憎くてたまらないのだろうか。
 啓吾……啓吾……

 須藤はふらつく足取りでマンションの入り口に歩み寄った。最初の自動ドアをくぐり、ルームナンバーを二枚目の扉の手前にあるボックスに入力した。目の前の自動ドアが開いた。
 目の前にはエレベーターの扉がある。須藤はふとあることに気付いた。
 扉の前に何かがいる。とんでもなく濃い「気配」がする。向こう側の壁が透き通って見えるのだが、そこには明らかに「何者」かがいた。自分より大柄な三人の姿が目に映る。彼等はゆっくりとした動作でエントランスロビーを歩き回っていた。
 須藤の怖いものを見るかのような表情に気付いた一人は、ゆっくりと自身の顔を須藤に向けた。その者は動けないでいる須藤の目に自身の視線を合わせた。

「まさか、私が見えるのか?」
 トルソは呟いた。

   ※ ※ ※ ※ ※

 この世に生まれたものは必ず死を迎える。それは生を受けたる生き物全てに共通する理(ことわり)だ。人間だけに限らず、この世に生きる動植物全て、生を受けたものは必ず死ぬ。
 
 では死んだ者はどうなるのか。来世に旅立つと言う者もあれば、無に帰ると言う者もいる。死後の世界とは人間だけの持つ思想であり、「こうありたい」という願望でもある。何故なら、死というものは誰も経験したことのない事態だからだ。未経験、未情報なものに対して人間は本能的に不安や恐怖を抱くからこそ、自身を「納得」させたいがためにそのような願望を抱くのだ。様々な思想には科学や物理の法則では決して解明出来ないようなものが少なくなく、そのような人間の発見した、または作り出した万物の法則に縛られている者ほど、実は潜在意識の中に不安を抱えたりしているものなのかもしれない。「死後は無に帰る」として片付けることも、誰も実証したことがないのだが、宗教や思想に囚われたくない者ほど、この考え方に傾倒する傾向があるようだ。
 そして、各宗教で語られている死後の世界についての存在実証も同様に、不可能なのである。

 仏教には輪廻転生(または単に「輪廻」)という考え方がある。これは、生ある者は生死を幾度も繰り返すことを指す。生は決して一度だけなのではなく、その者が生きる世界で死を迎えても、その後に別の存在として生まれ変わる、それを永劫に繰り返すということだ。ただ、これは仏教が存在するようになる以前から古代インドにある思想で、仏教はこれを内に取り込み、再解釈された内容になった。
 この生のループを人が如何に捉えるかはその人次第だ。死後も無になるのではなく、何らかの続きがあるということに安堵する者もいるだろう。そして、そんな終わりのない世界に恐怖し、苦痛と感じる者もいるだろう。この輪廻転生を、仏教では「苦」として捉えている。
 仏教における輪廻観では、生まれ変わるために行き来する世界は六つあるとされている。これを六道(ろくどう)と呼び、天界、人間界、阿修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界の六世界を指している。天界は神仏の住む領域、人間界は我々の住む領域だ。阿修羅界(インド仏教ではこの阿修羅界の叙述はされていない)は神仏を是としない者達が互いに、そして神仏に対して闘争を行っている世界、畜生界は動物の世界、餓鬼界は常に飢餓に苦しめられる世界。そして地獄界、これは全ての苦痛の究極体とも表現出来る。輪廻思想では、この六道を終わりなく行き来するというものだ。自身で来世を選択出来るわけでなく、どのような者に生まれ変わるのかも選べない。自由など存在しない。だからこそ「苦」なのである。
 そんな命の循環から解き放たれること、二度と生まれ変わることのないこと、即ち六道から解放され(解脱)、「無」に帰ることこそが魂の解放であり、これを仏教では涅槃と呼んでいる。
 但し、仏教そのものに過去から輪廻の考え方が存在していたのではなく、布教のために取り込まれたのだとする考え方もある。

 キリスト教では一般的に輪廻の考え方は存在していない。ただ「存在していない」のであり、「存在しなかった」わけではない。様々な宗派のあるキリスト教でカタリ派というものがあったのだが、異端扱いとなり、過去に消滅しているのである(カトリックにより滅ぼされた)。リインカーネーション(Reincarnation)という魂の生まれ変わり、復活を説く考え方もあるにはあるが、これはキリスト教の世界の中では比較的新しい思想で、伝統的な教義の中には見られないものである。
 イスラム教の宗派であるシーア派、これの分派であるドズール派にも輪廻に似た解釈が存在する。これは現在シリアやレバノンに存在している。だが、イスラム教の中では異端的とされている。ヒンズー教、ジャイナ教にも輪廻転生思想は存在している。
 だが、結局はどの宗教も一枚岩でないため、解釈も様々あり、どれが正しくて誤りなのかなど誰にも分からないことなのだ。要は、信じたい者が選べばよい、それだけのことである。

 こうした事柄で共通する点がある。人間は「納得」を求めているのだ。知らないものに対し、人間は不安や恐怖を潜在的に感じている。それを払拭したいがための「納得」である。自分が納得出来るのであれば、どういう思想を持つかはその人次第なのである。

 真実が見えないことはある。そもそも真実と事実の境界なんて曖昧なものだ。過去の歴史にしてもそうだ。ある一つの事件に対し、民族によってその捉え方が異なる。認めたくないものはその民族にとっての歴史から抹消され、または改ざんされ、納得出来る形にされている。「事実」は幾つも存在するのだ。唯一無二の「真実」はベールに包まれていたりすることが多いのかもしれない。

 そう。現実の歴史でさえそんな状態なのだ。思想や概念のレベルになってしまう輪廻の存在、死後の世界の存在に関する「真実」など、一体どこの誰が分かるのか。「存在する」とは言えないであろうが、同時に「存在しない」とも言い切れないのである。
 もし、そうした世界を我が目で見て、我が足で歩き、そこにいる者達と我が耳と口で以って会話でもすれば、少なくともそれを体験した者にとっての「真実」となるのだろう。その者が自身の体験や思いを否定さえしなければ、その者が信じさえすれば、それはその者にとっては「真実」になる。

 今そこにある世界のことも立証出来ない。いや、出来なかったのだ。この世界を願わずとも訪問し、そこで様々な体験をする者が現れ、そしてその者が自分の五感で得たものを信じるまでは。

 啓吾は今、間違いなく生きていて、自分の足で「その世界」に立っている。穏やかな若緑色の空が広がり、肌に心地良い風がそよぐ一面の草原を背にして立ちすくんでいた。

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