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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第十一章 監視団派遣

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 グランシュは腕を組み、自分の背丈を越すほどの高さのある大窓の際に立っていた。謁見専用の光沢ある黒色ローブに陽の光が反射し、白い輝きとして床に照り返しを当てていた。ここは控の間。これから謁見の間にて臨時議会が執り行われる。事態を憂慮した女王アフェクシアが召集したのだ。
 政府の高官達においては、センチュリオンの存在を話でしか聞いたことがない者が殆どである。だがそれを信じているか否かはその者次第だ。中には考えたくもない、その名前を耳にしたくもないと思っている者も少なからずいる。恒久平和主義を唱えるこの世界においては、他国に対する無駄な牽制であり、争いを誘発しようとしているとし、空間近衛騎士団の存在に異を唱える者もいる。その意見に対してはアフェクシアも共感するところがある。だが、騎士団を王国の伝統的存在であるという理由だけで存続させているわけではない。女王の守護だけが目的にあらず、それは住民を守るためでもあり、この世界の存亡そのものを賭ける存在でもあるからである。
 ただ、センチュリオンに対して騎士団の力が有効なのかは不明だ。今の騎士団が過去に交戦した経歴もなければ、センチュリオンの実在そのものが曖昧になってきている。今では彼等は神話レベルでの存在だ。そのようなものに対して武装し、威嚇し続けるのは確かに無意味と言えば無意味である。そして、そのような態度は自分以外の者を受け入れないという心の障壁の具現化したものとも言えよう。それはアフェクシア自身も理解している。騎士団はこの世界においては、ある意味矛盾した存在でもあるのだ。

 グランシュは目を閉じ、自分のいる「世界」について思いを馳せてみる。

   ※ ※ ※ ※ ※

 この世界は現世にて生ける者の心がそのままその「鏡」となる世界。そして、現世の者から「来世」と呼ばれる、存在を異とするもう一つの世界。そして現世と来世とは「心」で繋がっている。そう、来世は現世の人間の持つ「心」が反映された世界なのだ。
 人の心が慈愛に満ちれば、恵みをもたらす温かい陽の光のように、その思いはそのまま来世にも更なる光をもたらす。
 人間の心が悲しみや憎しみ、悲痛と絶望に溢れれば、それは海や川に流れ込む生活廃水のように、その思いはそのまま来世にも影響を及ぼす。
 そしてその逆もまたあり得る。この世界に住む者の心に猜疑や威嚇、恐怖といった「闇」が増えれば、それはそのまま現世にも流れ込む。ただそうした「闇」は決して「あってはならないもの」ではない。生きるためには自身の身を守るためにも必要な感覚ではある。それがなければ、外敵から自らの命やその子供の命をむざむざ危機に晒すことになる。生存のためには不可欠なものだ。動物にさえ本能として存在している。
 ただ、どんなものもバランスと言うものがある。光と闇は対になっている。しかし必要以上の光は周囲を焼き尽くしてしまうであろう。必要以上の闇は周囲を凍りつかせてしまうに違いない。釣り合う天秤のように均衡を保って初めて、両者は存在し続けることが出来るのだ。
 この世界は理想郷。光に溢れる心の世界。そして、そうした心を持つ者が暮らす、新たな「生」を謳歌する世界。とは言っても闇、影、陰の心はある。だがそれは捉え方でどうにでもなるものだ。生きる上では様々な苦難がある。それを「苦しい」「嫌だ」と捉えるか、または「よし、やってやろうじゃないか」「成長するための糧だ」と捉えるかで、物事の展開は如何様にも変化する。闇さえをも糧とする心の強さ。これは生きていく上での強固な武器になるのだ。
 しかし中にはそうした心の強さを持てなかったままに現世での生を終える者もいる。だが、そうした者でも信じたいものはある。得たいものはある。こうなりたいという理想像はある。元々から心の弱く、邪な思いだけに満ち溢れた者はいない。暮らす環境で人の心はどうとでもなっていく。そしてその心の原点は皆同じ。「悪い」ことをした者、「悪い」心の持ち主が落ちるとされる「地獄」。そのようなものは存在しない。住む世界を地獄と捉えるか極楽と捉えるかは、それは現世に住む者にとっても一緒、来世にて新たにスタートを切る者にとっても同じ。感覚的なものなのだ。地獄、極楽というものが存在し得る場所は、人の心の中だけなのである。
 現世で生を全うした者は再びこの世界でやり直すチャンスを得る。天寿を全うした者は新たに赤ん坊としてここで生まれ、現世、即ち「前世」での記憶をリセットした状態で新しい人生を歩み始める。一方、人生半ばでその生を閉じた者は、その時の姿のまま、記憶も残ったままでの再スタートとなる。だがこれは苦痛な話だ。前世に残してきた思い出、記憶、それらが残ったままで全く新しい環境でのスタートとなるのだ。
 現世での生は来世で暮らすための「修行」であると唱える者がいる。まさに終えるべき修行を残してきた者は、転生後もその「修行」を別の形で、以前の記憶を残したままで「未練」という足枷を嵌めたままでの新生活という形にて継承することになる。それを乗り越えられるかどうかはその者次第だ。
 その営みの中で、我々の目に触れぬところで、それぞれの世界の垣根を越え、そこに生きる者達の「心」は永劫に海流の如く、血液の如く循環し、光と闇のバランスを取り合っている。
 二つの世界は手を取り合い、そして「生きて」いるのだ。

 センチュリオン。その存在は二つの「世界」に共通する脅威、過大なまでの「闇」である。彼等の出現はこの世界を不必要なまでの闇で覆い、そしてそのまま現世までをも闇に満ち溢れたものへと変えてしまうであろう。壮大なまでの規模を持つ癌細胞のような存在だ。
 だがその存在の「源」はネガティブな人の心なのだ。そのような陰の「気」は更なる陰の「気」を呼び込む。それが大海原に渦巻く大渦潮のように力を増大させれば、やがて取り返しのつかない事態を巻き起こす。
 陽と陰、光と闇、それらのバランスさえ取ることが出来ていれば、彼等が現れてくることなどない筈なのだ。だが……

 今、現世にて生きる人間達の心は荒んでいる。

    ※ ※ ※ ※ ※

 名前を呼ばれてグランシュは目を開けた。会議が始まる。

 謁見の間には様々な部署からの高官がアフェクシアからの言葉を待っていた。彼等はこの王国の維持を司る者達である。現世の者から呼ばせると「神」となるのであろうか。だが彼等も現世から転生し、現在この場に人として存在している。そして彼等は、住民達とは異なる特別な存在である。この世界が如何なるものかを知っているからだ。それが故の誇りと自らに課せられた義務を心得ている。
 もし「神」と言う者がいるのなら、きっとそれは二つの世界を外から傍観しているのかもしれない。そんな思いがふとグランシュの脳裏をよぎった。
 「神」か。ならば今迫りつつある脅威は、そんな「神」が与え給うた「試練」なのだろうか。人が生きるに値するものか、存在に値するものかを確かめるための試練なのか。

 玉座に静かな表情をたたえながら座るアフェクシアが口を開いた。
「皆の者、本日は御苦労である」
 アフェクシアはゆっくりと首を動かし、グランシュに視線を向けた。
「現在、我が王国にある異変が生じています。先ずは空間近衛騎士団総隊長・総司令官であるグランシュ。現在までに判明している事態の説明を皆に」
「御意」
 グランシュは一歩前に進み出ると、フスの村の消失、突如出現した広大な汚泥地帯と、その後に底なしのクレバスへと変化した一帯の現状、副隊長であるトルソが正体不明の「黒い霧」に襲撃されたことを高官達に語った。高官達から嘆きの篭った吐息の漏れる様子が耳で確認出来た。
「……このことが何を意味しているのか。皆には王国に伝わる伝承を思い出して戴きたい」
「伝承とな?」
 食料生産管理部を統括する男が怪訝な表情でグランシュを見た。
「そう。我々近衛騎士団が存在するようになった謂れでもある」
「まさか、あの『センチュリオン』のことか?」
「馬鹿な。あれは我々があるべき姿を確認し、それを子孫の代まで伝えていくための教訓であろう?」

"Vultus. Cum vero de hoc mundo corde amittunt fidem et amorem sui cordis edendae sunt.
Tenebris vocavit in orbem nuntiis Domini cadit vicem lucis.
Praestare omnes infirmitate sua. Mundus purgatus est.
Erunt in nihilum creatura, et ultimam populum salutem.
Abieruntque post perfectum iri. Qui naturali et divinae providentiae.
Tenebris, Centurio, orator noctis et salva erit mundus."


『……見よ。世に住む者、敬う心失いし時、信ずる心失いし時、慈しむ心失いし時、その者己が呼び起こしたる闇に喰われるであろう。闇は神の遣いとして光に代わり世に降り注ぐ。全ての者己が患う病により滅びるが運命を歩み、世は今再び清められ、万物は無へと還り、最終的救済を迎えるであろう。光も闇もその役目を終え消え行く。それこそが自然の摂理であり、神の摂理である。その闇、センチュリオンこそ全てを救済する闇の神の遣いとなろう』

 センチュリオンに関し伝わる「伝承」をグランシュはその場で暗唱した。この伝承は人が敬う心を忘れない、信じる心を失わない、慈しむ心を持ち続けるがための教訓、言うなればアンチテーゼとして伝わっているものと解釈され続けてきたのだ。
「それが伝承のままで済めばよい。だが少なくとも、今起こっている事態は人知を超えるものであることには間違いなかろう。何が村を消し、住民を消し、我が騎士団員を襲ったのか。その黒い霧とは何なのか。はっきりさせねばならん。そして今後起こりえる災厄を想定し、対策を立て実行することが、今我々のすべき危急の課題ではあるまいか、諸君」
 アフェクシアはグランシュに手を半分ほど伏せて呈し、その視線の方向を転じた。
「王立学術院代表、クランスよ。現況に関し、考えられる要因はありますか?」 
 クランスと呼ばれた白髪の老人は「はっ」と返事をすると、数秒の間無言で返した。
「……その襲撃を受けた騎士団副隊長の持ち帰った汚泥のサンプル、そして霧に接触した甲冑やグリフィス、各々が消滅してしまった以上、更なる分析は現在のところ不可能です。ですが、恐らくはその汚泥地帯が底も見えぬ巨大で深き割目として姿を変えていることから、何かしら一定の範囲内で物質を消滅させる働きがあるかとは思われます。それこそ、触れた物質を粒子レベルで消滅させるものかと」
「触れたものを消滅させる? 何なんだそれは」
 高官達の合間から野次に似た声が飛ぶ。
「ならば、その副隊長とやらが消えずに生きているのは何故だ? 土地をまんまで消してしまうようなものが、何故一人の人間を生かして残しているのだ?」
 クランスは野次の飛んできた方向へ顔を向けると、
「それは分かりかねます」
 物静かではあるが、力の込められた返答をした。
「何せ情報も資料も何もないのです。まるで一種の特異点が歩いていったようなものです。しかもそれは吸い込み押し潰してしまう対象を何らかの意思で以って分別しているかのような……」
「意思ある特異点?」
 アフェクシアがクランスを見つめる目を細めた。
「いえ、そのように感じられまして…。私の主観で申し上げたまででございます。申し訳ありません、陛下」
 特異点。それは宇宙物理学において、ブラックホールの中に存在するとされているものだ。そこでは光をも含むあらゆる物質がその強大な重力で吸い込まれ、押し潰され、決して外部へ逃がすことのない「点」として解釈されている。そしてその特異点の周囲にはその力が猛威を振るう空間があり、それを「事象の地平線(事象地平)」と呼んでいる。だが、これまでの物理法則により特異点が生じることは説明出来るのだが、この事象地平はその存在が曖昧なままである。特異点で物質を押し潰すとしても、その後はどうなるのか。特異点では実際のところ何が起こっているのか。それは完全に解明されてはいない。そしてその科学的欠落を覆い隠すがために事象地平なるものが考えられているのではないか、という意見が近年出て来ている。
 だが、特異点は物質を吸い込み押し潰したとしても、それを完全に消滅させる、「無」にするとは考えられていない。今回のケースではそれが「無」へと変化させられているのだ。それこそ粒子レベルで消えている。それとも消えているのではなく、そのレベルで分解され、宙に漂っているのかもしれない。そこは科学者が考える範疇の話だ。今ここで論議する内容ではない。

 グランシュがふたたび口を開いた。
「これが由々しき事態である理由のもう一つが、その底の見えぬ巨大クレバスが『白簾山脈』まで至っているということです。しかも、その頂にある『門』を目指して一直線に」
 謁見の間に再びどよめきが起こった。
「門? 門とは何だ? あの妙な石造りの遺跡かね?」
 立法機関府の高官が声を上げた。
「だから何だと言うのだね? それが何故由々しき事態になるのだ?」
「おい、待ってくれ」
 資源産出管理府の高官が追い討ちをかけるように言葉を発した。
「確かあの辺はウォラリス・テクタイトの鉱脈分布地帯でもあるのではないか?」

 ウォラリス・テクタイトとは「飛んでいるテクタイト(鉱石の一種の名前)」と言う意味で、この世界における機器の不可欠な補助動力源となる鉱石である。原理は超伝導と似たようなものだが、超伝導現象を起こさせるには超低温の環境に金属物質を置かねばならない。ウォラリス・テクタイトは金属物質を全く含有していない鉱石であるにもかかわらず、また常温環境の中に置かれていても、その内部から磁力線が完全に排除されているという稀有なものだ。この鉱石に電気を流すと磁力が発生する。この鉱石は二つの磁場を持っており、流す電流が強ければ磁場の力が増す。この際、発生した磁力が効果をもたらす磁場の中で、一定面積に垂直に力が掛かる。これを磁束と呼ぶが、鉱石に含まれる歪みや不純物がその磁束を捕らえることで、石が宙に浮き上がり、しかも発生するピン止め効果(ピンで止めたようにその場を動かなくなる)により浮いたまま固定されるという現象が生じる。この鉱石は、流す電流の力が強ければ強いほど浮上する威力を増す。電気抵抗は、如何なる理屈からなのかその効果からは完全に排除されており、電流の強さもある一定以上の線を越えなければ、その磁力が消えてしまうということもない。ただ、浮上効果だけしか望めないため、ここに補助的な推進力を加えることで、飛行帆船のような乗り物が飛行可能となっているのだ。
 鉱石そのものの比重も軽く、少量であれば一般の乗り物に応用されている。車輪のない、ホバークラフトのような幌馬車を始め、飛行帆船や飛行貨物船、飛行貨客船のような乗り物が王国では普及しているのだ。この鉱石が得られないと、様々な機器の補助動力源が失われることになる。原油が植物類の「組成物質」が異なるせいで存在しないこの世界では、電力とこの鉱石による効果がなければ、動力源は完全に排除されてしまうことに直結するのだ(炭は一応あるにはあるが、石炭なるものがない。その組成のせいで石炭になることがなく、それまでに分解されて土になってしまうのだ)。
 船一隻を空に浮かばせ動かすためにはそれ相応の電力が必要となる。そのための小型核融合炉の実用化には成功している。だが傍から見ると、それだけの科学力を持ちながら、かなりの技術を石一つに依存している、相当偏った文明のようにも映る。乱暴ではあるが、それは科学技術が現世とは異なった発展を遂げたと解釈するしかないのかもしれない。
 このウォラリス・テクタイトの産出はアフェクシアの王国だけで産出されるもので、周辺国に輸出されている。関連産業はその全てが王国政府の管理下に置かれており、その産出や利用も国営企業が行っている。

「鉱石が産出されなくなると、我が王国の経済に大きなダメージとなるではないか」
 顔色を変えた高官は声を上げた。
「経済産業統括府の代表に訊きたい。それによる我が王国の年間減収はどれくらいになると予想される?」
 代表である初老の女はローブの袖口を額に当て、口ごもりながら答えた。
「え、ええっと……ちょっと概算でしか申し上げられませんが、年間収入の約四割強が見込めなくなるかと思われます」
 アフェクシアは右手を伏せたまま前にかざした。
「今は金銭の話はよい。確かにそのことも検討せねばならない事柄です。だが、私が憂慮していることは、その山の頂にある『門』にまで異変が及んでいるということ」
「あれはただの遺跡ではないのですか?」
 高官達の中から声が上がる。それに対し、クランスが違うとして制した。
「あれはただの遺跡として済ませられるものではありませんぞ。あの周辺では空間に『捻れ』が常に生じている。存在そのものが不安定なものなのです。あれは昔から『現世への門』と呼ばれていて……」
「その伝承も知っている。しかし、だからと言ってあれが『現世への門』だと解釈するには話が突飛過ぎている。誰もそれを証明してはいないのであろう?」
 高官達のやり取りを黙って聞いていたグランシュがそのやり取りを制した。
「諸君、陛下の御前である。発言ある者は挙手して申されたい」
 そのグランシュ自身も、あの門が現世へ通じる門であるという伝説を鵜呑みにしていたわけではなかった。だが、あの周辺は神聖な場所としてみだりに近付くことが厳禁となっている。
 そもそも二つの世界が自由に往来可能になるなど、決してあってはならないことなのだ。これらの世界には「相互不干渉の鉄則」がある。一方の世界がもう一方に干渉することは、お互いの世界の存続が危うくなる。ましてや、現世の者がその門を発見すれば、心なき者が果て無き追求心で門をこじ開けることを目指し、果てにはこの世界を武力で制圧することも辞さないかもしれない。何せ現世の人間の中には野心と好戦的性格を持ち合わせている者が少なくないのだ。また、こちら側が現世に対し干渉することも厳禁である。
 ただ、センチュリオンの一派があの門を通じて現世に侵入しているとすれば、破滅へのカウントダウンが一気に加速される可能性も十分に考えられる。伝承にある「救済」と言う名の下での「破滅」は、何もこの世界の話だけではない。現世においても起こりえる。連中ならそれを起こすことも可能だろう。
 アフェクシアも同じことを危惧していた。
「あの門はクランスの言う通りのものです。確かに、実際にあの門を通じて行き来が成されたという経歴はない。門として機能しているかどうかも疑問です。我々の世代では、あれがただの遺跡だとみなしていても別段問題はなかった。だが、門としての機能は今も保持し続けており、万が一今回の異変を起こした『容疑者』があそこから現世に侵入したとなれば、それは我々としても決して放置しておけるものではありません」
 アフェクシアの言葉で高官達のざわめきが止まった。天井の高い謁見の間が異様な静寂に包まれる。
「私は……今回、タブーを敢えて破ることをここに宣言します」
 ざわめきが驚きと不安に満ちたどよめきとして再び湧き上がった。
「何とおっしゃられました?」
「現世への介入をされると?」
「相互不干渉の鉄則を破られると言うのですか? あれはお互いが安全にあるがための鉄則ですぞ、陛下!」
「そのことが各国首脳に知られたらえらいことになりますぞ。中には現世への武力干渉を行う気だと我々に非難の雨を降らせてくる王や諸侯も出てくるかと……」
「いや、非難ならまだいい。陛下、陛下のおっしゃられていることは暴挙だと捉えられても……」
 グランシュはどよめきを一喝する勢いで高官達を怒鳴りつけた。
「暴挙だと? 言葉を慎み給え! それを理解せぬ陛下だと貴殿は言われるのか?」
 どよめきが止んだ。吐息の漏れる音が室内を駆け巡る。
「皆の言うことは重々承知している。だが、遅れては事を仕損じることにもなりかねないのです。相手がセンチュリオンであろうがなかろうが、自然の法則が故意に捻じ曲げられる可能性を、タブーは破ってはならぬとするだけで、座して傍観しているだけにはいかない」
 アフェクシアは一同にそう告げると、言葉を続けた。
「私は現世に対し、一定期間を設けての『監視団』を派遣することを提言します」
 現世への監視団の派遣。このアフェクシアの提案にはグランシュも驚きを以って、その言葉を受け止めた。
「何と……まさか……」
「陛下、それは……」
 アフェクシアは凛とした表情で続けた。その瞳にはただならぬ覚悟が見受けられた。
「これは二つの世界における相互安全、安定のための緊急政策とします。皆には済まぬが、仮にこのことがこの議会で否決された場合、私は国王権限において実行することとします。各国首脳陣には駐在大使を通じて私が自ら随時連絡を行います」
 国王権限。アフェクシアはこれまで国家の政策に関し、議会を必ず通し話し合いの機会を持ち、そこで出た意見を尊重してきた。自身の意見を強行敢行するようなことは今までに一度たりともなかった。それが国王権限の名を口にするとは……集まっていた高官達もそのことは十分に知っている。だからこその驚愕の視線をアフェクシアに注いだ。
「監視団の人選はグランシュ、お前に任せます。時刻にして三ホールスの後、私に報告するように。直ちに実行致します」
 どよめきは混乱を招き、高官達はアフェクシアに詰め寄り始めた。今発した言葉を訂正して貰いたい、今一度考え直して戴きたい、それは神をも恐れぬ行動だとの声も上がり出した。
「騒ぐでない!」
 アフェクシアは高官達を一喝した。
「私が後世において、神をも恐れぬ愚行を行った王だと言われることには何とも思わない。だが今すべきことをただ手をこまねいているだけで、何もせず後悔することだけは、一国の王としてあってはならない。今出来る最善のことがあれば、たとえそれが禁忌とされてきたことであろうと、私は厭わずに行う。それは国に住む民のためだけではない。王として、力を持つ者として、やるべきことはやる。そして何時かやろうでもない、今やるのだ。恐れるだけは誰でも出来る。だが私はそうであっては決してならない!」
 この言葉は騒ぎ立てる高官達を一気に黙らせた。アフェクシアの表情には一つの覚悟さえも見て取れる。
「以上。会議はこれにて閉会とする。皆の者、御苦労でした」
 アフェクシアはそう言って席を立ち、奥へとその身を消した。

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