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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第三部 第一章 ビストリアンのココ

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 一本の川が谷間に流れている。その水は寸分の濁りも見えない。その流れは急で、耳元を通り抜けていく風の音に混じり、水の流れていく音が聞こえてくる。川は万緑の木々を上に携えた谷間を抜け、そこになだらかな扇状地を形成している。谷間から離れるにつれ、土地の勾配は更に緩やかになり、目に映る家や何かしらの小さな建物の数が増えてくる。
 幾つかの低い山々を越え、その谷間へと入った三羽のグリフィスは、扇状地に広がる草原地帯を、ゆっくりと下降していった。時折羽ばたきつつも、大半を大きく力強い羽根を左右いっぱいに広げながら、上昇気流を利用して減速して滑空していく。天候が穏やかで良かった。さすがに上空を体剥き出しの状態で飛んでいれば、寒いことからは逃れられないが、地上に近くなるにつれ、穏やかな暖かさが全身を包んでくれる。前に一度地上に下りて昼食を兼ねた休憩を取った際、風よけに布を首回りに巻いておいてよかった。太陽の光は暖かいが、風を切って進むには些か、その温かさが足りないと感じていたからだ。
 ただ一つ、どうにもならない問題がある。
 グリフィスの「銀」が大きく羽を数回羽ばたかせて、ゆっくりと草原に下り立つ。すると、その背に乗っていた須藤啓吾はしかめっ面をしながら、ゆっくりと地に足を付けた。続けて他の二羽のグリフィスも地上に下りる。
「なかなか上手いじゃないか、ケイゴ!」
 金色の髪の少年、フスハが笑いながら声を掛ける。
「うん。上手いね。俺達ほどじゃないけどなあ」
 亜麻色の髪の少年、フスハの弟のレンが続けて言う。グリフィスの乗り方を少し自慢したいような口振りだ。
「いったあああい……!」 
 啓吾は臀部を両手でさすっている。その姿を見たフスハは声を上げて笑った。フスハはレンの三つ上の兄で、啓吾とも二歳ほど年上の少年だ。
「そりゃあそうだろう!……あははははは……あ、笑ってごめん。でもその鞍は堅いからな。で、痛いのは尻だけじゃないだろ? 肩はどうだ?」
「うん……まあまあ痛い」
「手綱を持つ手に力が入り過ぎてるんだよ」
「だって、緊張するんだもん」
「緊張とか、怖がったりとか、それ、お前のグリフィスにばれちゃうぜ。グリフィスは人の気持ちを読み取る鳥だって、父さんから聞いたろう?」
 フスハに言われ、啓吾はばつの悪そうな顔で「銀」をちらりと見た。当の「銀」は何処となく涼しい顔をして、頭にある二本の情覚器を元気良く動かしている。
「あの領主の家に突っ込んでいった、あの勢いは何処に行っちゃったんだよ?」
 レンが笑って言いながら、啓吾の背中を叩く。
 捕らえられたクリッジを助けようと、グリフィスと共に大挙して、レクスス・プロウィコスの邸宅に乗り込んでいった啓吾。あの時は確かに思いが全身を駆け抜けていた。見知らぬ世界に落とされ、右も左もわからない中、最初に手を差し伸べてくれたアイーダ・ウェリタス。啓吾を不安、恐怖、孤独から救い上げた温かい手、言葉、そして笑顔。啓吾を包み込んだ束の間の幸福。その幸福は啓吾の見ている前で無残に引き裂かれた。住み慣れた世界を、一緒にいてくれた父を奪い去られ、そんな中で助けてくれた相手をもまた奪われた啓吾。その心は三度、自分に救いの手を伸ばすクリッジを失うことに我慢が出来なかった。その想い、衝動が啓吾を突き動かしたのであった。
 とは言っても、啓吾はまだ十歳にもならない少年である。家ではゲームに夢中になったり、口の周りに粉砂糖をくっ付けて、シュークリームを頬張るような子供だ。それが普段の姿である。
「うん……」
 レンの言葉に啓吾は半ば浮かない返事をした。
「怖かった? 空なんか飛んだから」
 フスハが笑いながら訊く。
「少し……。でも、銀が僕を守ってくれてるって分かるから、そんなに怖くなかったよ。そう、少しだけ……かな」
 啓吾の返事を聞き、フスハは声を上げて笑った。
「まあ、上出来なほうじゃないかな? ケイゴ、お前はそのグリフィスの……銀のマスターなんだ。銀を心から信じなきゃ駄目だぜ」
「僕はマスターなんかじゃない」
 啓吾が返す。
「ん?」
「マスターなんかじゃない。銀は僕の友達だよ」
「成程ね。ま、それもいいんじゃないか?」
 二人の会話にレンが飛び込んでくる。
「ねえねえ、それより腹減ったよ、兄さん!」
 フスハが空を見上げ、太陽の位置を確認する。
「昼ご飯、食べたじゃないか。エワンジェリスタまでは大体二ホールスぐらいだから、もうちょっと我慢しろよ。な?」
 三人は水筒の水を口にすると、再びグリフィスに跨った。三羽のグリフィスは大きく羽ばたきながら滑走すると、それぞれのマスターを、友を乗せ、若緑色の空へと飛び立っていった。

 エワンジェリスタ。
 フスハとレン、その両親であるクリッジとダフニの住む都市、アラキノフスより三百ミル(約三百キロ)東の地点にある地方都市だ。そこには小規模ながら、レグヌム・プリンキピス政府管轄の空間近衛騎士団の駐屯地がある。元々は地方の治安の維持や、何かしら災害があった際の救援を主な任務としている。国土がやたらと広大なレグヌム・プリンキピスでは、こうした駐屯地を各地方に置くことで、中央政府の管理下に置いている。その他にも警察組織がそれぞれの地方にあるが、それは各地方を治める領主が統制している。近衛騎士団はその領主の統治に目を光らせているのだ。ただ、基本的には中央政府の定める法に乗っ取っての統治を行っているか、定期的に、時には不定期の査察を行うことも、その任務の一つとなっていた。
 だが、エワンジェリスタに駐屯していた近衛騎士団の役割は近年、他の駐屯地にいる部隊とは異なるようになっていた。国王により任命された領主による地方自治制を敷いているレグヌム・プリンキピスでも、レクスス・プロウィコスの治める地を政府は警戒していたのだ。この地方自治制度は、都道府県制や州制度を持つ現世の国家と同じ性格のものであった。だが、プロウィコスの自治領は明らかに中央政府とは別の、「準独立領」としての動きが見られていた。事実、プロウィコスは隣国であるアグゲリス公国の極右派と接触し、領内で産出されるウォラリス・テクタイトの違法貿易を行っており、その後女王アフェクシアに叛意を表明した。
 その夜、エワンジェリスタ駐屯地では蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。主力がアグゲリス国境沿いに集結していたため、訓練生上がりの者や、あまり任務に真面目に取り組まないような者ばかりが残っていた状況に、女王からの勅命が下ったのだ。プロウィコス自治領に対する厳戒態勢、また命令があれば領内への出動もあり得ると言う内容であった。現在、駐屯地に残るメンバーで何が出来るのか。そんな話も上がる中で、大慌てで、中には渋々と、装備を整える者で一騒ぎになっていたのだ。
 だが、待機中の彼等は別の脅威に襲われる結果となった。突如の黒き異物の襲来。終わりは瞬く間に訪れた。だが災厄は駐屯地だけでは済まなかった。その周辺にあった人家や商店にも被害が及び、建物の全壊や半壊、怪我人が出た。死者が出なかったことは、不幸中の幸いであった。駐屯地以外では、の話である。専ら、待機中の騎士団員全員は「消息不明」扱いとなったが。
 黒色の靄が竜巻の如く駐屯地と周辺地区を襲っている中、その光景を少女は身を隠しながら見ていた。陽も明けきらぬ早朝のことだ。彼女は一軒の商店の壁に身を寄せ、その大きな瞳を広げ、地獄の一部始終を見詰めていたのだ。
「あれが……お父様の話していた……人の負の思念……」
 少女は恐怖で身を震わせていた。いや、恐怖だけではない。その靄の奔流から放たれてくる突風に身を飛ばされぬよう、壁の隅にしっかりと掴まっていた。次第に風の力は強まり、掴まっている手以外の体が浮き上がり、まるで吹き流しのように全身が揺れていた。そのうちに商店の壁がめくれ上がり、その破片と共に少女は飛ばされた。それに併せて建物自体が破壊され出した。中で睡眠に身を委ねている者もろごと、屋根や壁が突風で吹き飛ばされ、辺りを轟音が席巻した。
 その後突風は収まり、黒色の竜巻は四散していった。間もなくして、家々から人が出てきた。たちまち大騒ぎになり、通りには悲鳴や怒号が飛び交っている。
「つ……っ!」
 少女は肩に手をやった。飛んできた破片で肩に傷を負っている。だが、これはまだましなほうだ。辺りには更に酷い怪我を負った人々がいる。
 傍でまだ年端もいかぬ子供が泣いていた。少女は辺りを見回す。親は何処にいるのだろう。
「大丈夫? 怪我はない?」
 少女は泣き続ける子の傍に行き、声を掛けた。
「……」
 子供が泣き止んだ。何が何だか分からないとでも言いたげな表情で、少女をじっと見詰めている。
「大丈夫?」
 少女は改めて子供に声を掛け、その体に触れようとした。
「ちょっと! うちの子に何の用よ!」
 その子供の母親らしき女性が飛んできて、少女の傍から子供を引き離した。
「あ、私はただ……」
「余計なことはしないで! あっち行って!」
 母親は怒鳴り声を上げると、子供を抱いて走り去っていった。
 その姿を寂しげな表情で見詰めていた少女の体が大きく突き飛ばされた。まるで蹴鞠のようにころころと転がっていく少女に向け、
「こんな所で何やってんだ、お前は!」
「邪魔だ! 向こうに行ってろ!」
と、二人の男が乱暴に声を掛け、倒壊した家の一軒に向かって走り去っていった。
「いったあああい……!」
 少女は頭を押さえて立ち上がった。彼女には分かっていた。自分がこんな状況では誰からも邪魔扱いされることを。子供だから? 女の子だから? いや、それだけではない。それでも、この騒ぎの中で彼女はただ傍観している気にはとてもなれなかった。
「私も手伝います!」
 そう言って群衆に走り寄ると、再び彼女は突き飛ばされてしまった。
「邪魔なんだよ!」
 そう言って少女を跳ね退けた男は、幼い息子を抱き締め、
「怪我はないかい? 何処も痛くないか?」
と声を掛けている。
 再び立ち上がった彼女に、一人の老婆が声を掛けた。
「向こうへ行ってなさい。分かるだろう?」
「で、でも……」
「お前さんが出来ることはここにはないんだ。危ないから離れてなさい。でないとあんた、また目の敵にされるよ」
「お婆さん……」
 老婆の後ろで女性の声がする。
「お婆ちゃん、そこにいたの? 大丈夫なの……ちょっ! 何でそんなのに話し掛けてるの! こんな時に……」
 老婆は少女に目くばせをする。
「さ、悪いことは言わないから」
 少女は黙って頷き、痛む肩を抑えながら静かにその場を去っていった。

 啓吾達がエワンジェリスタに到着したのは、夕方の少し前辺りの時間であった。街中がざわついている。今朝未明の災禍のことを三人は知る由もなかった。
 グリフィスの手綱を持って三人は通りを歩く。
「何だか……変だね」
 レンが言う。
「ああ。何かあったのかな? 雰囲気が妙だな」
 フスハが首を傾げながら答える。そして、一軒の酒屋らしき店の前で、フスハは中にいる店主らしき男に声を掛けた。
「あの、すみません」
 男はグリフィスを連れた三人の少年達をじろりと見やった。
「何だ、グリフィスを連れて……こんな時に何処からやって来たんだい?」
「僕等はこの町にいる空間近衛騎士団に用があって来たんです」
 フスハが答えると、店主は首を横に振って言った。
「ああ、あそこはもう何もなくなっちまったよ」
「え?」
 フスハとレンが驚いた表情を見せる。啓吾はその後ろで不安げな表情を浮かべた。
「ああ。今朝、変な風が吹いてね。物凄い音がして、外に出て見たら……でっかい、そんでもって真っ黒い、つむじ風が吹いていてな。騎士団の駐屯地はなくなっちまったんだ。それだけじゃねえ、その周りにあった家も店も何軒も吹っ飛ばされちまってな」
「じゃあ……」
「ああ。騎士団はいねえ。この先に行きゃ駐屯地のあった場所があるが……危ねえぞ。行かねえほうがいい」
 そう言って、店主は店の奥に戻っていった。
「兄さん……」
 レンが不安げな声を漏らす。
「駐屯地がなくなったって……真っ黒いつむじ風?」
 フスハが呟く。その時、啓吾の脳裏にあの光景が浮かんだ。アイーダの家を木端微塵に打ち砕き、アイーダを奪い、そして啓吾と銀を守って飛んだシャリーズをも死に追いやった黒き靄。そして、プロウィコス邸で見た黒き煙。
「また会おうぞ、この世界の住人でなき少年よ」
「また会おうぞ、ケイゴ」
 その黒煙は実に耳障りな、男とも女とも区別の付かない声で言い残していった。
「ケイゴ?」
 膝を震わせる啓吾にフスハが声を掛ける。
「あいつだ」
 啓吾が返す。
「あいつ、って?」
「僕を……ここに連れ込んで……アイーダのおばちゃんを殺した奴だ……あいつだっ!」
 啓吾が声を上げる。その声にはただならぬ感情が満ちていた。両手も小刻みに震えている。
「ケイゴ……」
 レンが啓吾を見詰める。
「とにかく……駐屯地の場所へ行って見よう」
 フスハが言った。
 グリフィスの銀が啓吾の顔を覗き見つつ、情覚器でその背中をさするような動作をする。啓吾にはその銀の目が、自分を心配げに見詰めているように映った。
「大丈夫だよ、銀。大丈夫……」
 そう言うと、銀の後頭部を撫で、先に歩くフスハとレンの後に続いて歩き始めた。

 通りの果て、町の郊外に当たる場所に駐屯地はあった。そこは瓦礫の山と化している。
「何だよ、これ……」
 フスハが呆れたような声を上げた。
「ひどいな……」
 レンも顔をしかめて言う。
「ここが……」
 啓吾が呟くと、フスハが啓吾のほうに向いて言った。
「ああ、ここさ。父さんが言っていた、エワンジェリスタにある空間近衛騎士団のいた場所。ケイゴを連れて行くように言われていた所さ」
 啓吾は黙って駐屯地のあった跡を見詰めていた。あの時と同じだった。アイーダの家が吹き飛ばされた、あの時と。
「どうすんのさ? まさか、こんな所にケイゴを一人置いて、帰るわけにはいかないよ」
 レンがフスハに言った。
「ああ、知ってるよ。勿論だ」
 フスハが瓦礫を見詰めながら言うと、腰に手を当て、ふうと息を吐いた。
「何があったかは分からないけど、目的地を変更しなきゃ」
「え? じゃあ……」
「エワンジェリスタじゃない、他に騎士団がいる場所まで行かなきゃ」
「でも、それって何処にあるのさ?」
「分かんないよ。ここの大人の人に訊かなきゃな」
 フスハはそう言うと、もう一度啓吾のほうを向いた。
「ケイゴ、大丈夫だ。ケイゴは俺達が責任を持って騎士団のいる所に連れて行く。お前を無事に送り届けることが、友達としての、俺達の役目だからな」
「フスハ、ありがとう」
 三人は踵を返し、その場を離れようとした時だった。
 啓吾はふと、一匹の猫が自分達の後ろに座っている姿に気が付いた。何時の間にここにいたのだろうか。啓吾はじっとその猫を見詰めた。テレビで見たことのある種類の猫。
 その猫はアビシニアンだ。
 だが、アビシニアンにしては、いや猫にしては、その体躯が一回りほど大きい。かと言って、太っているわけではなさそうだ。元々が大きな体をしているのだろう。
「猫……」
「え? 何?」
 レンが訊く。
「あ、猫がいるなって……」
 啓吾にとっては、元いた世界で見慣れていた動物がいることに、少しばかり安心感を覚えたのだ。何しろ、ここに来てからは見たこともないような動物や鳥ばかりなのだ。
「ネコ……って、何?」
 意外な言葉がレンから返ってきた。
「え? 猫、知らないの?」
「ネコって……兄さん、ネコって何?」
「ネコ? 知らない」
 この兄弟の会話が啓吾には驚きを以って受け止められた。猫を見たことがないなんて……いや、ここは自分が住んでいた所とは違うのだ。では、猫はこの世界にはいないのか? じゃあ、あれは何だ?
「あ、怪我してる」
 啓吾はそう言うと、大柄のアビシニアンの傍へ行った。猫は逃げずに、寄ってくる啓吾をじっと見詰めている。
「兄さん、あの動物……知ってる?」
「あれがネコ? 知らないけど……あ、まさか」
「まさかって……あ……」
 二人の表情に改めて驚きが見られた。
「大丈夫? 痛くないのかな……」
 そう言いながら、啓吾は持っていたタオルを水筒の水で濡らし、それをアビシニアンの肩に当てた。痛みでアビシニアンの表情が一瞬、険しくなる。
「君、何処から来たの? 名前は……あるのかな?」
 そう声を掛ける啓吾の顔を、アビシニアンはじっと見詰めながら「答えた」。

「ココ」
「え?」
 啓吾は驚いた。猫が……喋った?
「名前。訊いたでしょ?」
 啓吾はぺたんとその場に座り込んだ。
「私の名前はココよ」
 アビシニアンはそう名乗った。


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