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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第三部 序章

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 理想を描くことは自由だ。理想を持つことも自由だ。全ての者が平等に持ち得る権利である。そのこと自体には如何なる障害もない。だからこそ「特権」と言っても良かろう。誰もが理想を描き、求め、そして邁進する。
 だが、理想を追うとなれば必ずぶつかる最大の障害が現れる。それは現実だ。そして、地に足の付かぬ理想は大抵、現実に叩きのめされる。それでも諦めずに、最初抱いた理想をそのままの形で追い、推し進めようとする者がいる。また、理想と現実の狭間で悩み、葛藤し、結果的に理想を諦める者もいる。そして、理想と現実の双方を鑑み、お互いの妥協点を見出し、それに合うように理想の形を変えて追い求める者もいる。妥協、即ち歩み寄りだ。この妥協点を見出すまでには、それなりの苦しい道を辿らねばならない時もある。
 今ここに、その妥協点を見出せぬままで道に迷う少女がいる。

   ※ ※ ※ ※ ※

 シナスタジア王国。
 レグヌム・プリンキピスやアグゲリスから見ると、この国は国際舞台には先ずその名が登場しない、世界の辺境にある小国である。国名の「シナスタジア」は「共感覚」と言う意味だ。この国の国王、王族、そして民は元々、他国の者と心を共にすることを望んでいた。
 だが、この国の者達は昔より理不尽な差別を受けていた哀しき歴史を持っていた。その悲劇はシナスタジア現国王、ティグレ一世の治世になり、より堅固なものになってしまった。王国は他国と一線を引き、厳格な鎖国体制を採っている。あらゆる関係を断ち、センチュリオンや黒色の異物の脅威も自分達には関係ないとしている。全てが虚無に帰るのなら、その時が来れば運命として受け入れようとするのが国王の言い分であった。そんなこの王国には、これまで一度も異物の脅威が訪れてはいない。

 この国に住む民、その種族は「ビストリアン」と呼ばれている。

 ハヴァクク城。ティグレ一世の居城である。この城がある丘を中心に王都ゼフィロトは広がっている。街並みを連なる建物や城の色は、鮮やかな山吹色の外壁と目の冴えるような紺色の屋根で統一されている。
 その城のとある一角。一組の夫婦が住み込みで働いている。中庭では妻が洗い終えた真っ白なベッドシーツを干している。歴代の王族に仕える乳母を出している家で、洗濯物を干している 女性は、現国王の一人娘の乳母を務めている。夫は宮廷専属のコックだ。王は「その見た目によらず」菜食主義者で、主にベアネスと言う名の豆にそっくりな作物を主食にしている。夫は今しがたまで厨房にて、このベアネスの実を石臼で挽いていた。この粉を水と油とで練り合わせ、肉に似た植物性蛋白の塊を作るのだ。今、夫は昼食のために住んでいる部屋に戻っていた。
「あなた、もうスープがいい頃合いだと思うわ。ちょっと見てくださる?」
 妻のフランが夫に声を掛けると、「ふう」と息を吐き、腰に手を回して軽く叩いた。
「ああ、分かったよ」
 夫のハイケが返事をし、「よいしょ」と声を出して椅子から立ち上がった。履いている木靴のコツコツと言う、ゆっくりした足音が聞こえてくる。
「おお、いい感じだよ。じゃあ、このエデュミラの葉は刻んで入れたらいいのかい?」
「そうねえ、お願い出来る?」
「ああ」
 エデュミラとはハーブの一種だ。傍目ではタラゴンの葉に似ている。香りも似ており、この葉を入れ過ぎると、まるで牧場に積み上げられている乾草のような香りになってしまうので、入れ過ぎは禁物だ。ゆったりした身動きのハイケだが、包丁を持つと、その動きに一挙に磨きが掛かる。メッサルーナと呼ばれる三日月型の包丁で、ハイケはたちまちにエデュミラの葉を微塵切りにし、鍋に入れた。ここはどんなに年老いた身ではあっても、コックとしての技術はしっかりとしている。
 妻のフランもいい年である。二人は老夫婦なのだ。
 スープを皿に注ぎ、胚芽パンと共に、二人はテーブルで昼食を取り始めた。そんな中、フランはふと顔を上げる。
 フランの視線の先には暖炉がある。その上には写真立てが置かれていた。二人の写真や、子供に孫の写真もある。その中に一枚、特別な写真があった。乳母のフランが国王より処分を命じられた写真の内の一枚。これをフランはこっそりと捨てずに持ち帰っていたのだ。
「姫様……今頃どうされておられるのだか……」
 フランが寂しげに言った。
「お前、またあの写真を飾っているのかい? 万が一王様に見付かると大目玉だよ」
 ハイケが言う。だが、その口調には妻をたしなめるような雰囲気が全くない。寧ろ、妻を気遣うような言い方だ。
「だってさあ、引出しの中みたいに真っ暗な場所じゃあ、姫様が御可哀そうじゃありません?」
「まあ、ね。確かに」
 ハイケも顔を上げ、その一枚を見詰める。
「きっと……お元気にされていると思うよ。少なくともわし等はそう信じようじゃないか」
「ええ、勿論信じていますとも!」
 フランが返す。
「この国を出られて……何処にお向かいになられてしまったのか……」
 心配そうな口調に変化はない。
「フランや。姫様が何処に向かわれたとしても、国と国の間にそんなに大きな違いはありゃあせん。何処へ行ったって、出会うのは人々だ。異なった外見、異なった服装、異なった教育や異なった地位であっても、みな同じ。どの人もみんな愛すべき人。姫様はそのことを誰よりもよく分かっておられる。だからこそ、姫様は何があっても必ず乗り越えてくださると……信じておる」
「そうね……じっとしていれば、つまずく心配はない。足を速めれば速めるほど、つまずく可能性は大きくなるけれど、何処かに辿り着く可能性も大きくなるものですから。姫様は……あのお年でそのことに気付いてらっしゃった」
「そんな姫様なんだ。わし等はそんな姫様の御無事を心より信じようじゃないか」
 ハイケがゆっくりと微笑んだ。
「そうね。そうですね」
 フランの表情にも笑みが戻る。

 二人が見ていたものは、国王ティグレ一世と愛娘の写真だ。
 その愛娘である「姫様」は現在、消息不明となっていた。


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