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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二部 第五十一章 奪還 【4】

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「徳安!」
 靖徳が呪詞の唱和を止め、伊勢谷に呼び掛ける。
「御師匠様はそのままお続けください! あれは……奴らは私が何とかしてみます!」
 伊勢谷は答え、異物迎撃のための式神を続けて放った。全身から汗が噴き出す。過去にこれだけ多くの式神を放ったことはない。自身の法力も弱まり、次第に体力も消耗を始めた。それでも、このまま座して待つわけにもいかない。伊勢谷は感じ取っていた。押し寄せてくる異物の群れは、その一つ一つの力は大したものではない。先日新宿を襲った二体と、グランシュの乗る新幹線を襲い、紫雲を病院送りにした一体、これらとは違う。恐らく、その手の者でなければ、肉眼で見ることさえ出来ぬ存在であろう。だが、数が多い。そして、その群れの中にいる一体。これは別だ。群れを率いているのがこいつだ。
「なあに、やるだけやってみるさ!」
 伊勢谷は夜空を睨み上げた。多くの者の目には映らない、真っ白な五十羽近くの八咫烏は、基地第二ゲート上空をぐるぐると旋回している。そして、その更なる上空に、黒い「影」の流れが泥流のように流れ着いた。その流れは細かい粒が風を受けて撒き散らかされるが如く拡散し、一気に降下をし始めた。それを八咫烏達が迎え撃つ。
 その嘴にくわえ込まれ、両断される異物もあれば、三本の足の持つ鋭利な爪で引き裂かれ、その場で四散する異物もある。大鎌を振り上げた赤ん坊の形をした異物三体の合間を擦り抜けて上昇した一羽の八咫烏が、その三体を合わせたよりも更に大型な、クラゲのような姿をした異物に足の爪を立てる。同様に他の四羽の烏もその異物に襲い掛かる。だが、その五羽の八咫烏は、異物の持つ「触手」で全身を巻かれ、そのまま体を捻じ切られた。八咫烏の式神は千切られた元の紙の姿となり、ひらひらと風に乗ってその場から見えなくなった。最初は善戦しているように見受けられた八咫烏達は、次第に異物達に引き裂かれ、肉眼でも見える紙としての元の姿に戻っていく。
 異物達が伊勢谷の方向へと向かってきた。うねうねと動く鰻のような姿の異物数体は一体化し、爪を立てた手のような形になり、靖徳の乗るRV車の真上に達すると、そのまま垂直に下降を始める。伊勢谷は素早く両手で印を結び、続いて右手の第二指と第三指を立てて格子を描くように動かす。
「臨兵闘者 皆陣列在前行!」
 上空から真っ逆様に落ちてくる「手」の動きが止まる。
 続いて、伊勢谷はダガー状の物を取り出した。先日、箔座松太郎に憑いた「傲慢」が放った異物から、意識を失った丸山七海を守るために使ったものだ。仏具の独鈷(どっこ)に似た形をしており、だが、一方が剣の刃のように鋭く尖った代物である。伊勢谷はそのダガーの切っ先を「手」に向け、
「阿耨多羅 三藐三菩提!」
と唱え、ダガーを素早く捻り返し、「手」を切り付けるように動かす。ダガーの先端から白色光が放たれ、強風にはためくカーテンのように展開すると上昇し、光は「手」を切り裂いた。漆黒の「手」はそのまま弾け飛ぶようにして消滅した。
 前回に異物と対峙した時とは違う。異物に対する恐怖と敵意、前に抱いていた心情。だが今は違う。目の前のゲートに無事到達してくれることを願う二人を、トルソとグランシュを守るのだと言う意志、そして靖徳に危害が加えられないように、自分を諭し、過去の誤りを許してくれた恩師を守ると言う覚悟。自分以外の誰かを想っての力を使っている。他の者を想っての行動である。その想いが負の思念を打ち破ったのだ。
 しかし、今襲撃を掛けている異物は、ただの雑兵のそのまた格下のレベルでしかない。伊勢谷は感じ取っていた。前に出会った箔座の、いや箔座に憑依していた異物のレベルとは異なる。あの時感じた「傲慢」の力とは全く違う。こんなものではなかった。
「徳安!」
 再び靖徳が呼び掛ける。
「御師匠さ……!」
 伊勢谷が向くと、靖徳は車から降り、伊勢谷と同様に印を結んでいる。その瞬間、靖徳の全身から白い光が蒸気のように立ち昇り、次にそれは光の奔流の如く上空へほとばしり始めた。
「オン!」
 靖徳の緊迫した声が響く。光は「鳳凰」となり、異物の群れの中へと飛び込んでいった。
「もういいでしょう! これ以上はあのお二方の体力を必要以上に奪い去ってしまいます! 他の者達に呪詞の唱和を止めるよう、すぐに連絡を取ってください! そしてあの黒き者達を抑えるよう言うのです!」
「では……!」
「私があれを防いでいます! さあ、早く!」
「は、はい!」
 伊勢谷は携帯電話を取り出した。

「何? あれが……ここに来ているのか? でも、何も見えな……」
 多々良も異変を肌で感じ取ってはいた。何やら全身に悪寒が走る。周囲が禍々しい空気に覆われている……しかし今回、多々良の目には何も見えなかった。「畏怖」も、「抑圧」も目撃しているのに、だ。
「新宿でのあれとは違う! その力はまだ強くはない。だが、力を弱められたトルソ達には危険な存在だ! そこの蓮行に伝えてくれ! 連中を抑えてくれと!」
 電話の向こうで伊勢谷が緊迫した声で言う。
「あ、ああ……分かった」
 多々良は携帯電話を耳から離し、車のほうを見た。そこには延暦寺の僧、蓮行が立っている。肩幅のがっしりした上に、丸みを帯びた顔をした老僧の蓮行の表情は険しかった。
「全く……破門された身でのこのこ現れたと思いきや、靖徳と連れ立って、一体全体何をやらかすと……!」
 蓮行は苦々しい口調で言った。
「だが、あんなものがああもぞろぞろと出てくるとはな」
「あんた……」
 多々良が思わず言葉を漏らす。
「心配無用。伊勢谷公博……かつての修行僧、修験者である徳安の、誰かを守らんとする想い、希望……私とて、むげにするつもりは毛頭ない!」
 そう言った蓮行は、仁王立ちの体勢で数珠を力強く握り締め、経文の唱和を始めた。その時、多々良は更に強力になった、何やら猛烈に嫌な空気を全身で感じた。空気が基地の上空で澱み、複数の見えない大渦を幾つも形成しているような感覚を得た。空間が歪んでいるかの如き、不可視な、それでいて強烈な原子の奔流……
「来て……いるのか? 今、ここに?」
 多々良は空を見上げた。そして、銃の入った腰のホルダーに手をやる。その手は汗でべっとりとしている。

 グランシュとトルソは全力で、基地の敷地を走っていた。アウグストの逃亡が発覚してのサイレンは止まない。米兵のMP隊がライフルを持ち、ジープで走り抜けていく姿が見える。彼等には二人の姿は見えない。ジープは二人の脇を通り過ぎて行った。
 だが、二人には別の存在が襲撃を掛けていた。
「どけ!」
 トルソが大声で叫びながら剣を振るう。
「去れ!」
 グランシュも走りながら剣で空を切る。その刃から放たれた白き三日月形の光が、目の前に立ち塞がる異物を四散させる。
「隊長……この異物達はまだ!」
 トルソが言う。
「左様! 我等が遭遇した負の名前を冠した異物とは違う! この力は連中には及ばぬ!」
 だが、この格下の異物達の群れにより、かつて騎士団の旗艦であった「サンクトゥス・クラトール」や、トルソの乗艦「ヴンダバール」が落とされたのだ。
「私は……あの時とは違うぞ!」
 グランシュは思っていた。もう、むざむざとはやられない。仲間をもう失いたくはない。いや、失わない。そして女王アフェクシアを必ず守り抜く。女王が守らんとするものを守るのだ。
「ほう、どう違うのだ?」
 突然、周囲に声が響く。
 グランシュとトルソは足を止めた。二人の頭上を一体の異物が、その長き体をうねらせつつ旋回している。
「……貴様は!」
 グランシュは剣を構え直した。
 異物は二人の前に下り立ち、人型を形成すると、その「顔」を二人に向けた。ぽっかりと空いた穴のような二つの眼窩、黒色の乾き切った皮膚、歯のない、真っ暗な底を見せるクレバスのような口。鼻はなく、全身を漆黒のマントのようなもので覆っている。その合間から突き出た両腕は骨と皮だけのように細く、華奢で先端が尖った両手には「剣」がそれぞれに握られている。マントは二人の見ている前で変化をし始め、かつて「畏怖」が纏っていたような、妙な形の「鎧」となっていく。巨大な羽を折り畳んだ怪鳥のようにも見える。「鎧」は黒くぬらぬらとした、嫌な金属的光沢を放ち始めた。
「久しぶりだな。無事に現世に下り立っていたか。途中であのグリフィスのような飛空艇もろごと、空間の狭間で捻じ切られているかもと、些か思っていたのだがね」
 異物が語り掛ける。
「貴様……『卑屈』か……」
 グランシュが低い声で呼び掛ける。
 トルソの捜索に飛び立ったグランシュを、乗機アルバトロスごと現世に落とし込んだ異物であった。
「そのまま放っておいても良かったのだ。大神タナトス様の復活を二の次にし、センチュリオンの統制を快く思わぬ、不埒な逆賊どもに任せておこうと思ったのだが……」
「卑屈」はそう言うと、両手に握った「剣」を構えた。
「まさか、お前達ごときが善戦しているとは予想していなかったのでね」
 剣を構えたグランシュとトルソは、片脚を半歩ほど後ろに下げる。
「意外だったよ。だから私は許可を貰い、こうしてわざわざやって来たのだ」
「許可だと? センチュリオンか?」
「いや。センチュリオンはこの程度のごたごたには首を突っ込まぬ。言うなれば……いるんだよ、我等『攻略部隊』の司令官がね。その者の力は私や『畏怖』、『卑下』、『抑圧』とは比べ物にならない……」
「ふん。ならば貴様は三下と言うわけか?」
「言葉を慎んで戴きたいものだ、金色の雑兵を率いし愚か者よ。お前達の相手は私で十分だ」
「奴も……よく喋る」
 トルソがふんと鼻を鳴らして言った。
「そうか」
「卑屈」はそう返し、右腕を夜空に掲げた。
 周囲を席巻していた無数の異物達が、その腕に集まり始めた。異物達は「卑屈」と一体化し始めている。
「させぬ!」
 そう言い、グランシュとトルソは「卑屈」に走り向かっていった。「卑屈」は左腕を振るい、黒色の靄を撃ち出した。
「避けろ、トルソ!」
 グランシュの声と共に、二人はそれぞれ左右へと飛び退いた。
「そう、今のお前達はこの土地の周りに陣取った連中によって、その力を弱められているのだな? この世の物質とほぼ同じ組成となった、思念体である筈のお前達を元の姿に戻し、捕えられていたこの場から逃がすためにな?」
 そう言い、「卑屈」はくすくすと笑う。
「とんだ仇(あだ)になったものだ」
 基地内にいた異物を全て吸収し、「卑屈」はその力を数段強力なものにした。
「さて、何処まで耐えられるか……見せて戴こうか」
 黒き口の口角を醜く吊り上げると、「卑屈」は二本の「剣」を構えて二人に突進を掛けた。

「これは……いけない!」
 第十二ゲート前で待機していた班も、異物の奔流を相手にしていたところであった。上空を白く輝く「麒麟」が駆け巡り、その四肢で異物を踏み拉き、牙を打ち立てていた。ところが、その異物達が一斉に基地内へと流れていったのだ。ゲート前の修験者二名はその流れの行く先を見詰めていたのだった。
 空を駆け巡っていた「麒麟」が宙に四散した。
「大丈夫か、紫雲!」
 修験者の一人が声を掛けた。
 折れた肋骨のせいで胸に激痛が走る。集中力が欠け、紫雲の表情が歪んだ。冷や汗が再び流れ始めた。両肩の筋肉に執拗な痺れが襲い掛かる。入院していた病棟から伊勢谷に連絡を取った紫雲は、グランシュとトルソの救出話を聞き、伊勢谷が止めるのも聞かずに参加していたのだ。
「あの者達が……一つになる! さすれば再び、あの時と同じ力を持つやもしれん!」
 紫雲は荒い呼吸の中で、再び印を結んで「麒麟」を再出させた。
「伊勢谷……式を……式を飛ばせ! あの二人を……援護するのだ!」

 漆黒の海面を高速で移動する二つの機体があった。航空自衛隊所属のF-15J戦闘機だ。百里基地を飛び立った二機は、東京湾内を旋回しながら低空飛行している所属不明機を目指して飛び立っていた。
「こちら日本国航空自衛隊……当機は日本国領空を不法侵犯している……指示に従い、着陸を要請する……」
 無線による警告を事前に発していたが、侵犯機が応じないためのスクランブルであった。周波数関連の「大いなる」問題もあり、アルバトロスではこの放送を受信出来ないでいた。だが、たとえ戦闘機を発進させたとしても、基本的に撃墜は出来ない。国際慣例上では、領空侵犯に対しては撃墜することが認められているのだが、領空侵犯に対し自衛隊が講じることの出来る措置は、自衛隊法で制限がされている。警告射撃こそ可能だが、相手からの攻撃を受けない限り、反撃は一切出来ないのだ。
「やはり……時間の問題とは思っていたが!」
 ペイトンは苦渋の表情を見せている。ペイトン達からしても、交戦は極力避けたいところではある。向こうから手出しをされない限り、応戦する意思はない。いや、たとえ攻撃をされたとしても、極力回避していく所存ではあった。その点については、アルバトロスは、いや全ての領空侵犯機は自衛隊法(第九十五条)と刑法(第三十六条及び第三十七条)で守られていると言う言い方をしても良かろう。
「おい……ありゃ、何なんだ?」
「肉眼では全く見えない。だが対象の位置、飛行速度や移動方角は探知している。熱反応もある……」
「百里基地! レーダーの情報は間違いないのか?」
 アルバトロスを追尾しているパイロットが、管制官に情報の正誤を聞きただす。
「レーダーに反応はしても、肉眼では確認出来ない? そんな妙なステルス機なんてあるのか?」
 パイロットも、基地の航空自衛隊側も、正直困惑はしていた。国境を越えた地点での発見ならまだしも、まさかこんな首都に近い地点で、それも突如湧き出したかのようにレーダーに察知されるとは、こんな地点に接近されるまで察知出来なかったとは。先ずあり得ない。
「機体の高度を現在の位置に完全固定、高度〇・〇八ミルを維持! 追尾してくる彼等には、我々の姿は見えない筈だ。もう海上に波も立てるなよ! だが、エンジンの熱反応を探知されている可能性もある! 速度を落とし、ウォラリス・テクタイトの残存機動力で飛行を継続せよ! 推進エンジン急速冷却! マルクス、テクタイトに溜まった電力による飛行可能時間を算出せよ!」
「はっ!」
 ペイトンが指示を出す。マルクスと呼ばれた男は操縦桿を握り締めながら、エンジン機動時に溜められたテクタイト内の残存エネルギーに、機体の総重量、機体に掛かる現世においての重力や慣性力、空気抵抗等の力学的要素を絡めて、ディスプレイに表示されている数値を演算機に入力する。
「艦長! 飛行継続可能時間は……残り約〇・〇九ホールスです!」
 約五分弱。
 アルバトロスを追尾している偵察機に、百里基地から連絡が入る。
「レーダーからロスト…だと?」
 パイロットが思わず呟いた。そもそも、基地のレーダーでも、アルバトロスの影を継続して探知していたわけではない。ペイトン達にとって、どの高度を維持すればレーダーの死角に入るかと言う情報は皆無だった。だからこそ、飛行速度を上げる際に高度も上昇させたため、その際にレーダー網に引っ掛かったのだ。しかし、その高度を海上八十メートルにまで落とされての巡航となれば、それも不可能になる。まして、推進エンジンを停止され、その熱反応まで断たれたとなれば……
「こちらも反応ロストした!」
 パイロットが基地の管制局に無線で伝える。
 偵察機二機は周辺海域を二、三分ほどぐるぐると旋回すると、そのまま基地へと戻っていった。その後間もなくして、不可視の物体が海面に着水し、白波を立てて静止する。
「……去ったか?」
 ブリッジにて、ペイトンはふうと息を吐いた。
 だが、ここは航行する船舶がひっきりなしに行き交う東京湾だ。大型船搭載のレーダーに探知され、下手をすれば通報されることもあり得る。海上保安庁からの茶々も入るやもしれない。伊勢谷から事前にもらった情報によれば、ここ東京湾内でアルバトロス級の大きさの物体がひっそりと影を潜めることはかなり困難であると、ペイトンは理解していた。
「厄介だな……」
 ペイトンは心の内で呟いた。

 指示されている、トルソとグランシュの回収地点への予定到達時間まで、残り三十分弱。


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