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 ←第二部 第四十六章 伊勢谷の決意 →第二部 第四十八章 奪還 【1】
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リフレクト・ワールド(The Reflected World)

第二部 第四十七章 和解

 ←第二部 第四十六章 伊勢谷の決意 →第二部 第四十八章 奪還 【1】
「妙です」
 高速飛空艇アルバトロスの副操縦士が怪訝な表情で訴えてくる。
「妙? 何がだ?」
 ペイトンが返す。その声はいつもと変わらぬようにも聞こえるが、内心の苛々する気持ちを抑えているであろうことは、その声のトーンや、微妙な「震え」となって表れている。
「あの……機体のバランサーが妙な表示を示していまして」
「バランサーが?」
 そう言うと、ペイトンは副操縦士の元へ歩み寄った。そして、彼が指す計器に視線を送る。
「機体の各所のバランスに、微妙ではありますが、不均衡を感知しているんです」
「不均衡?」
「はい。何と言いますか……機体が徐々に、その重量を部分的に増加させているようでして」
「だから何だと言うのだ? 我々は今湖の上にいる。そこに浮いていれば、多少バランサーの数値に多少ぶれが出てもおかしくはないだろう? 掛かる重量ぐらい、例えば空中を飛んでいたって、常に変化している。様々な力の影響を受けるのだから」
「ですが、機体は今静止しておりまして」
「だから……」
 だから水面に浮いていたって、同様のことが起こっても不思議ではないと言おうとしたその口を、ペイトンはおもむろに閉じた。ここはエリュシネ宮殿の傍の湖ではない。本来なら、あらゆる物理的な現象を受けることがないであろう「現世」(彼等から言わせれば「来世」)の湖に、水の上に「浮いている」のだ。物質の組成が異なるこの世界において、ペイトン達は言わばホログラフィーにも似た、しかも不可視の映像のような存在の筈である。それが、この湖の波に、水のうねりに機体が反応し、そのバランスに変化を起こしている。
「ちょっと待て、と言うことは……」
 ペイトンは東京に出発する直前のグランシュのことを思い出した。妙に視界にはっきりと、くっきりと映り過ぎるくらいに「濃く」見えるその姿は、比叡山に張られた結界の影響で、この世界の物質組成とグランシュの肉体とが同調を始めたからだと言う。
 ならば、自分達もそのあおりを受けて?
「ただちに光学迷彩の起動レベルを最大にせよ! この世界の者が言っていた『結界』の力だけじゃ、安全性の維持に問題がある!」
 ペイトンが命じると副操縦士は短く「はっ!」と答え、
「光学迷彩防御シールド、起動レベル最大!」
と復唱して該当レバーを勢いよく上げた。
 アルバトロスの機体全体が、微かな振動に見舞われる。
「隊長からの連絡、依然としてありません」
 通信士が申し訳なさげに言う。
「待つんだ。今の我々にはそれしか出来ん。万が一、この世界の者達の目に我々が映るようになっているとすれば、尚更だ」
この漆黒の機体を飛行させ、それがきっかけでここの軍隊と一戦を交わす羽目になることはどうしても避けたかった。
 ペイトンは大きく鼻から息を吐いた。

   ※ ※ ※ ※ ※

 伊勢谷は恵心院の前に辿り着いた。夜の闇に目が慣れたせいで、こじんまりした小堂が見える。元々が暗い感じのする建物で、夜の風の吹く中に建つその姿は、神秘的と言うべきか、怪しげと言うべきなのか、そんな雰囲気に包まれている。ヤマモミジの木がその屋根に枝を覆い被せるようにして立っている。伊勢谷はその木と小堂の間を抜け、裏手に回り込んだ。数日前に紫雲とグランシュが通った、小さな裏木戸がある。そこには常時、南京錠が掛けられているのだが、今は外されている。その木戸を抜け、その先にある観音開きの戸の前に出る。ここにも南京錠が掛けられているのだが、やはり木戸と同様に鍵は外されている。
 伊勢谷を招き入れようとしているのだ。
 伊勢谷は無言のまま、その観音開きの戸を開け、「結界」を抜けると、その先に続く幅の狭い階段を下り始めた。低い天井に取り付けられた、長さのない蛍光灯が周りに白色光を放っている。それは階段の先へとずっと続いている。
 下り立った階段の先、裸電球が周りをぼんやりと照らす土間に着いた伊勢谷は、
「失礼致します」
と一言言い、目の前の障子戸を開けて中へと上がっていった。
左右に伸びる明かりのない廊下。足元の床板は驚くほど丁寧に磨き上げられており、障子や襖にはすすけたような汚れもなければ、色褪せした様子さえ窺わせない、狭く厳粛な雰囲気を漂わせる場所。光が差し込みさえすれば、その様子は伊勢谷にも視認出来ただろう。だが、たとえ暗闇の中であろうと、そのことは伊勢谷には分かっていた。記憶していた。過去に伊勢谷も徳安の修行僧の名で、この廊下を磨き上げていた時期があったのだから。
伊勢谷は右を向いた。その視線の先に微かに見える光は、外から入る月光であった。次いで伊勢谷は左を向く。奥に部屋の明かりが漏れたものらしい光がうっすらと見える。
「徳安、こちらです」
 伊勢谷には忘れようのない声が響く。
 伊勢谷はゆっくりと歩を進めた。そして、光の漏れる一枚の襖の前に立つと、そこでゆっくりと屈み、床板の上に正座をした。
「徳安……いえ、伊勢谷公博です」
「入りなさい」
 ゆっくりと伊勢谷は襖を開けた。そこでは黒色の僧衣を身に纏い、眼鏡の奥から細く穏やかな目を覗かせた、ほっそりした面持ちの僧がいた。静かに、座布団の上で正座をしている。
 かつての伊勢谷の師であり、伊勢谷を破門した僧がいる。
 本望院靖徳がそこにいる。
「座りなさい」
 靖徳は静かに、伊勢谷に声を掛けた。伊勢谷はゆっくりと、目の前に置かれている一枚の座布団の上に腰を下ろした。
 二人の合間を静寂が包む。
「御師匠様……」
 先ず伊勢谷が口を開いた。
「徳安……貴方はもう私の門弟ではありません」
 静かな口調ではあったものの、この言葉は伊勢谷の胸に突き立った。そう言われても当然だ、と伊勢谷は思っていたが、それでもやはり、聞いた後の居心地の悪さを解消するまでには至っていない。
「……私の、御師匠様への非礼、誠に申し訳ありませんでした」
 そう答えるのがやっとだった。
「元気そうで何よりです」
 靖徳が言う。伊勢谷は改めて、深く頭を下げた。
「ここを去った後、貴方が何処で何をしておられたのか……正直、私にはあまり関心がありません」
 靖徳は言葉を続ける。
「ただ、一つ訊きたいのです。今に至る迄、貴方が何を学ばれたのかを」
 穏やかではあるが、心を射るような鋭い靖徳の視線が伊勢谷を突く。伊勢谷はゆっくりと顔を上げ、靖徳の視線を自身の両の瞳で受け止める。

「かつて私は……神仏と言うものは、人の心の脆弱さがその安寧を求めようとして依存する存在であると……考えておりました。この世の全ては人の心が見せ、人の心が引き起こすもの……魔たるものは本来、人の心に住み付き、人の心が見せ、人の心が操るものであり、それを抑えるのもまた人の心。だからこそ、そこに神仏と言う被依存的な存在があると、そこに人は救いを求め、やがて心は更に弱体化し、朽ちゆくことになる……脆弱な心に打ち勝つには、その心の持ち様を変え、やはり己の意志にて立ち向かうしかないと……そのためには、弱さの逃げ口になる神仏の存在はあってはならないと、そう思っておりました。私は御師匠様を……はい、私にとっては今もなお、靖徳様は御師匠様なのです……そんな靖徳様を裏切り、この寺を、そして信仰を裏切りました」

「法力に異常なまでの関心を持ち、それは人の心、気持ち、感情や念、潜在意識等による精神波動によるものだと解釈した私は、本来の僧であるべき姿をないがしろにし……私が破門された理由はその姿勢にあったと思っております」

「私は日本を発ち、一度カトリックに帰依しました。ヴァチカンにあるエクソシスト養成施設に入るためです。愚なることに、私は更なる力を求めていたのです……そこで私はパラディンなるヴァチカンの武装組織の存在を知りました。精鋭のエクソシストを集め、軍事訓練を施して結成させた部隊です。私は……しかし、私は結局、カトリックからも身を退きました。パラディンは神への絶対なる服従を強いる、宗教の持つ側面の証だと思ったのです。先ず神ありきと言った、ヒエラルキー的なものに私は違和感を覚えてなりませんでした」

「私は……日本に帰ることもなく、欧州や中東をあてもなく彷徨い……傭兵の道を歩み出していました。そして、法力でなく、銃と言う力を片手に、世界を転々としました。様々な価値観を持つ人々が互いに歩み寄ろうとせず、己のアイデンティティーのみを主張し、譲らず、傷付け合うことの何と多いことか……それにより、どれだけ多くの血が流され、未来を消され、希望を破壊され、笑顔を奪われ、流れる筈の涙さえ枯れ果て……そんな中にも、人を想い、助け合い、前へ進まんとする人達もいた……ですが、再びそんな人達を絶望が襲う……そのような光景を、私はこの目に嫌と言うほど焼き付けてきました」

「そこには……神仏の救いは存在していたのか……正直、私には分かりません。傷付け合う日々を送り、その何時終わるとも知れぬ地獄の渦中にて……人は光を求め、救いを求め、神仏に縋り付き……結局、人の心は何処に行こうとも、そして過去に人が歩んだ歴史を振り返って見ても……人は成長せず、歩み寄らず……救われぬもの……そう思い始めました」

「ですが、私はそれが嫌だった。そんな思い方を受け入れたくなどなかった。私自身、自分の価値観に囚われ、自分の持つ物差しだけで、自分の掛けている色眼鏡を通してだけで、全てを見て、推し測ろうとしていたことに気付いたのです。本当に人の心は救われぬものなのか、人は未来永劫歩み寄らず分かり合おうとしないものなのか、そして……そんな中において、神仏の存在とは何なのか、神仏は本当に被依存的な……偶像的存在なのか、宗教とは一体何なのか……人に何を見せんとしていたものなのか……私には全く分かっておりません。そこで現在、私はジャーナリストとなり、日本を、世界を、中立的な視点で見ようと活動しております。今はまだ答えが見い出せぬまま……ある『事件』について調査を開始致しました」

「そのことが……先日、新宿を襲った黒色の異物に関係するものであったとは……そんな中、私は何人かの人物と出会いました。彼等は……歩み寄ろうとしていたのです。人の業、人の陰、人の残酷さ、人の暗く悪しき側面を見た時、しかしそれと同じ数だけきっとある光、優しさ、希望、可能性、陽の面に目を向けなくてはならない……それら二つの相対する面は一つのものを形成している……二つあって一つである、それが人の心であると……」

「御師匠様がかつて私に説いて戴いた一つの言葉を、その時に思い出したのです。『煩悩即菩提』。人が……異なるものを持ち合わせた人同士が……互いに歩み寄り、理解するためには、この境地に立つことが一番なのだと……私はこのことを、出会った彼等から改めて学びました。既に御師匠様が私にお教え戴いたこのことを、私は再び学び直す機会を得ることが出来たのです」

 靖徳は体を微動だにさせず、目を閉じたまま、伊勢谷の話に耳を傾けていた。
「煩悩即菩提」、これは一つの考え方で、人は所詮煩悩から逃れられない存在であり、この煩悩をあるがままの姿で捉え、そこに悟りを見出そうとするものである。

「私は……何も分からないままでした。私は盲目だったのです……」

 しばらくの静寂の後、靖徳はゆっくりと目を開けた。
「この世は……この世もあの世も……穢土としての現世も、浄土としての来世も……世界は幾つにも、幾通りにも姿を変えて、人の前に現れます。それは、その世界を見る者の心が投影されて映る世界。だからこそ地獄もあれば極楽もあるのです。あるがままの姿で捉え、それはそう言うものなのだと受け止め、そこから新たな道を切り開いていく……この世は人の心の戦いの場なのでしょう。そうした受容の姿勢に禍(わざわい)を成そうとする、同じ心の持つ別の側面との戦い」
 伊勢谷は黙って靖徳を見詰めている。
「かつてこの戦いに勝利を収めた方がおられました……御仏であられる仏陀であられます。御仏は涅槃の境地を説かれておられます。それは無を受け入れること、無に至る、無に帰すること……徳安、貴方が対峙した黒色の存在は、人の心が呼び起こしたものなのだそうです。あらゆる人の負の感情が、新たな負の感情を人の心に生み出させ、または招き入れ、そうした中で自ら蠢き始めたもの……」
 伊勢谷の顔色が変わる。そんな伊勢谷を見据えたまま、靖徳は語り続ける。
「そのような魔に打ち勝つ一つの手段ともなる、御仏の説かれし涅槃……ですが、これは私が思うに……あくまでも個人的な見解なのですが」
「個人的な見解」と言う言葉を出した靖徳は、少し笑みを浮かべた。
「徳安、貴方が先程言われた『中立的な視点』のことなのかもしれませんね。無とは何物も存在しないゼロの状態であり、またゼロの視点……何色にも染まらず、影響されず、あるがままの姿で全てを見詰めることの出来る……中立的な立場で全てを捉え、受け止め、そして新しい己の心の道を作り出し、そこへ歩み出す、前進していく……」
「御師匠様……」
「かなり遠回りをされましたね。そこに達するまでに、貴方は長き回り道をした……ですが、貴方はそこに……辿り着いた」
 靖徳は穏やかな目で伊勢谷を見詰めている。そこにはもう、刺々しさに似た、心を射抜かんとする視線はなかった。
「御仏とは、そうした人の心の境地に立つための、そこに辿り着くための道標(みちしるべ)であって良いと私は思っています。溺れ苦しむ人達にとっては、貴方が否定したような藁のような存在にもなりましょうが、決してそれだけの意味合いしかない存在ではなく、夜道を照らす光にもなり、迷う者にとっては道標にもなる……御仏はそうされることで、人の心にカタルシスをもたらされんとしているのでしょうね」
 靖徳はにこりと笑った。
「私は貴方のことを忘れたことはありませんよ、徳安」
「御師匠様……ありがとうございます!」
 改めて伊勢谷は深々と頭を下げた。ずっとわだかまりを抱え、それを抑圧し続けてきた心が浄化された。心の内の汚れは今、涙と共に流れ出ていく。
「聞きましょう。貴方の言う危急の事態とやらを」
 靖徳の声のトーンが下がる。

「その二人の使者を、元の姿に戻す……ですか」
 靖徳はそう呟くと、少し考え込むような素振りを見せた。
「確かに……可能ではあります。危険ではありますが」
「え? では!」
「それには先ず有志を集わねばならないでしょう。貴方は、そのお二方の所在を掴んでいるのですか?」
「今、当たって貰っています」
 伊勢谷はここに来る迄に、傭兵時代に同じ部隊で前線に立ったことのある退役仲間数人に声を掛け、そのことについて探ってくれるよう、電話やメールで依頼をしていたのだ。その仲間には、腕利きのハッカーや政府要人を守るSP、テレビのコメンテーターまでいる。彼等の力を総動員して動けば、何とかなるかもしれないと思ったのだ。
 ふと、伊勢谷は自分の携帯電話を取り出す。
 一件の着信メールがあった。
 メールの中身を確認した伊勢谷の眉間に皺が寄る。
「これは……横田基地?」
「そうですか……八王子とかの近くですね」
 靖徳はそう返すと、ゆっくりと立ち上がった。
「今夜はもう遅い。床(とこ)と簡単な食事を用意してあります。明朝、話をしましょう。貴方に会わせたい方々もおられますから」
「私に……会わせたい?」
「ええ。私の元に来られたグランシュ殿のお仲間の方々です」
 伊勢谷の目が大きく開かれた。



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